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さて、僕の惚気話はここまでにしておこう。他人の惚気話なんて聞いていてつまらないものだろう?
こちらとしても、あまりこう言った話をするのは好きではないんだ。なにせ、これは他人の惚気話を聞くよりももっと酷い行為だからね。
僕は一度見ただけの知らない人の惚気話を君にしているみたいなものなんだよ。
ヒイラギと帰り道を共にするようになってからおよそ一年ほどが過ぎた。その間ずっと、僕らが帰り道を別々に歩んだことがなかったんだ。
だからだろうね、彼女が風邪で休んだ日の帰り道は信じられないくらい寂しかったんだ。
神様の提案を呑んだ原因はそれだったのかもしれない。風邪だったとはいえ、彼女が自分の隣からいなくなってしまう恐怖を僕は知ってしまったからね。
けれども、僕と神様がその取引をしてからすぐ次の日、その事件は起こってしまったんだ。
例えばもし、自分の選択で今後の人生が大きく変わってしまうとしたら、それは一体どんな選択になると思う?
もしかすると、君はとても壮大な選択を思い浮かべるかもしれない。でも、僕はこう思うんだ。案外、単純な二択――それも「はい」か「いいえ」しか選択肢がない――質問の回答こそが自分の人生を決定してしまう要因になるんじゃないかってね。
そして、僕はその二択を完全に間違えたのさ。
よく晴れた日だったな。こういうときは案外、雨が降っていたり、ましてや雹が降っていたりすることはないんだよな。嫌な予感は一つもしなかった。不幸ってのはさ、そうやって僕らに忍び足で近づいてくるもんなのさ。
当然、帰り道までは何もおかしなことの一つも起きやしなかった。何もかもがいつも通りで、道端に落ちている小石すらもいつも通りの表情をしていた。
そして、隣を覗けば夕焼けの中にヒイラギがいた。
ただ、その日唯一いつもと違うことが起きた。それは僕らが例の別れ道に差し掛かった時のことだ。
「申し訳ないけど」と言いながら僕は足を止めた。「これから先、僕はこの道を左にしか曲がることができなくなったみたいなんだ」
「どうして?」とヒイラギは首を傾げた。
果して、彼女の本当のことを告げたら彼女はどれくらい僕の話を信じてくれていただろうか。きっと、変な冗談を言っていると思われたに違いないだろう。もともと、僕は冗談を言うのが好きだったからね。
「ほら、向こうの道には最近猫が多いだろう? 僕は猫が大の苦手でさ。だから、遠回りだけどこっちの道を歩くことにするよ」
クオリティの高い嘘とは言えなかった。なにせ、相手は小さい頃からの幼馴染だ。僕が猫が嫌いでないことくらい知っている。
でも、同時に僕もヒイラギの性格をよく知っていた。こうして改まった言い方をすれば、彼女は遠慮してこれ以上僕に事情を問いただすということはしない。
「わかった。そういうことにしておいてあげる」
「ありがとう。それじゃあ、また明日」
「うん。また明日」
そうやって、僕らはその日、別々の道を進んだんだ。
そして、そのあと、僕はヒイラギの姿を見ることはできなかった。
悲しい話だよな。だって、次に僕が彼女の姿を見ようとしたとき、彼女は真っ白な骨の欠片に変わっていたんだから。
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