パーティング・ウェイ

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 神様の提案を呑んでから約三年。当然、僕はあの別れ道を右側に曲がった経験は一度もなかった。どうなるのか知ったことではなかったからね。その道に足を踏み入れた瞬間、僕の命が握りつぶされてしまっても何一つ不思議な話ではない。  けど、別れ道を右に曲がれないというだけで、その道を歩くことはできるみたいなんだ。あれから三年が経った今、僕はそのことに初めて気が付いた。  合掌を終えて、僕は事故現場を後にした。その後、僕は家に帰ろうとはせず、かつての通学路をそのまま先に進んだ。  思えば三年ぶりだったよ、この通学路を歩いたのは。中学を卒業するまでは事故現場を見たくなくて遠回りの道を選んでいたし、高校に入学してからは通う学校が反対方向だったからその道とは全く無縁だった。  そして、ゆっくりを歩みを進めて、いよいよあの別れ道に差し掛かったとき、僕はそれに気が付いた。  僕は大通りの方から侵入して、別れ道の右側の道を歩いてしまっていたんだ。  まずいと思ったよ。別れ道を右に曲がらないというだけの約束だったとはいえ、その先にある道を歩いてしまったというのは事実だ。こんな頓智じみた言い訳を、神様が認めてくれるとは限らないだろう?  そして、ちょうどよくその声は聞こえてきた。例の大男のように渋い声さ。  報復は一体何だろう。きっと、生易しいものではないだろうな。最低限、僕に訪れる死は確定していると言っていいかもしれない。僕は神様の話なんて気がずに、そんなことを考えていたよ。  だが、その予想に不思議と恐怖というものは感じなかったね。むしろ、死ねるのなら本望だとすら思えていたんだ。だってそうだろう? 壊れてしまった時計なんて、処分してしまえばいいんだから。  そう思えば、確定しているかもしれない死は、保証されているかもしれない死と言い換えることもできた。  だが、神様が僕に提案してきたのは、時計の処分ではなく修理の方だったんだ。  もう一度、あの選択をやり直したくはないか? 神様は僕にそう聞いてくれたよ。  どうも、神様ってのは案外いい奴だったらしい。僕はてっきり、彼はとても合理的で賢く、時に冷酷な存在だと思っていたからね。こんなちっぽけな人間一人救ってくれるはずがないと思っていたんだ。だが、それは僕の勘違いだったらしい。  何やら、彼はこんなことも言っていた。君に伝えたいことがある、と。  僕はすぐに彼の提案に乗ることにした。  そして、僕がその提案に頷くと自分の視界が奇妙なまでにぐにゃりと歪んだ。  まさか、僕は彼に騙されたのではないか、とそのときは後悔したが、視界が正常に戻ったとき、僕の身体は少しばかり縮んでいた。民家の前のブロック塀を見上げれば、それが刑務所の壁のように高く見えるくらいだった。とても懐かしい気分だったな。  どうやら、彼は本当に僕をあの日に戻してくれたらしい。  そして、立て続けに彼は訊いた。  その曲がり角を一生右に曲がれなくする代わりに、君の願いを一つだけかなえてあげよう、てさ。  当然、僕はその頼みを断った。  これならきっと、ヒイラギのことを救えるはずだ。そう思っていたんだ。
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