第2話

1/1
前へ
/51ページ
次へ

第2話

「昨日からなにかと、世間じゃ君とノアの話題で持ちきりでね。その真相を確かめに来たんだ」  そう言うと、彼は私に手を差し出した。 ダンスのお誘いだ。 「しばし、お相手願えませんか?」  突然の申し出に、断る理由も思いつかない。 仕方なくそこに手を重ねる。 「はは。ノアに見つかったら、俺も怒られるな」  フィルマンさまの手が、グイと私の手を引いた。 それに釣られて、足元がよろける。 「俺が気軽にお誘い出来る女性ってのも、アデル以外なかなかいなくてね。ノアにはちょっと、我慢してもらわないと」  力強い動き。 ノアにはない自由奔放なリードの仕方だ。 音楽もないなか、フィルマンさまの手の上で、くるくると踊らされている。 「ど、どういったご用件でしたか?」 「ん? ちょっと君の顔が見たかっただけだよ」 「またそんなご冗談を……」  腰に回された腕で強く引き寄せられ、体を反らす。 フィルマンさまの支えがなければ、倒れてしまいそうだ。 「君は先日、プロポーズされたそうじゃないか」 「ノアさまという婚約者がおります」 「はは。そのノアにも、みんなの前でプロポーズされたんだろう?」  そ、それはそうかもしれないけど、全く事情は違うし!  ようやく引き上げられる。 やっと普通に立てるようになった。 「で、君は結局、どっちを選んだの?」 「ノアさま以外、おりません!」 「真面目だなぁ。だけど、それでは俺も世間も面白くない」  今度は体を密着させる。 スローステップでそっと耳元にささやいた。 「例えば、他の誰かが気になったりはしないの? 俺ならすぐに紹介してあげられるけど」  その言葉に、私はダンスの手を振り払った。 「いくらフィルマンさまでも、それ以上は許されません」  彼は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに大きな声で笑いだした。 「あははは。やっぱりアデルはアデルだなぁ!」  わざとらしいほど、丁寧に頭を下げる。 「これはこれは、大変なご無礼をお許しください」 「フィルマンさまこそ、冗談が過ぎます。からかいにいらしただけなら、もうお帰りください」 「うそうそ。本当はこれを渡しに来たんだ」  そう言って、胸のポケットから一通の手紙を取りだした。 「これは?」  白い封筒に、マルゴー王家の紋章で封がされている。 「ステファーヌの、誕生日会の招待状さ。俺も、今年こそ君も来るべきなんじゃないかと思ってね」  ステファーヌさまは、第一王子だ。 毎年開かれるお誕生日会に、今まで私が出席したことはない。 「これは、兄さんから直接俺が預かったんだ。本当だよ。君に届けてくれってね」 「ス、ステファーヌさまにまで、ご心配をおかけしているのですか?」 「んん? あぁ……まぁ、そうかな。とにかく、当日は楽しみにしているよ」  ウインクを投げて、フィルマンさまは去ってゆく。 これは事件だ。 いくら私でも、このお誘いを断れないことくらいは分かる。 「馬車を! 今すぐ館に戻ります!」  それからの数日は、アカデミーに顔を出す暇も与えられず、セリーヌからの厳しいレッスンが待っていた。 第一王子のお誕生日会となると、国内の上級貴族だけを集めた特別なパーティーだ。 ノアと2人、公式行事には何度も出席したことはある。だけどそれは、ただ座っているだけでよかったものだった。 だけど今回は違う。 私にとっての、本当の意味での社交界デビューだ。 「背筋は伸ばして! 指先にまで神経を尖らせるのです。会話は短めに。くれぐれも余計なおしゃべりはしないこと!」  ここへ来てから、もうずっとこういうレッスンは受けてきたけど、今回はとくに厳しい! 「もういいわよ、セリーヌ。どうせ私になんて、誰も注目してないんだから! 主役でもないし」 「そう思っているのは、アデルさまだけです! あなたは先日の失敗を、また繰り返すおつもりなのですか! 真っ直ぐ顔を上げて、決して笑顔を崩してはいけません」 「とにかく、これ以上は今日はもう無理!」  ソファの上に倒れ込む。 第一王子からの、初めての私的な招待だ。 それはとても名誉なことだけど、緊張感もハンパない。 「アデルさま。休憩したら、もう一度歩き方と、立ち止まった時の手の位置の確認を。あなたは常に見られているし、監視されているのです。少しでも隙を見せたら……」  館の外に、馬車の着く音が聞こえた。 侍女たちが何か騒いでいる。 やがてその一人が、部屋に飛び込んで来た。 「何事ですか」 「ノ、ノアさまが、荷馬車でお越しになりまして……」 「なんですって?」  エントランスから外へ飛び出す。 小さな荷馬車の御者台から、ノアが手を振った。 「やぁ、アデル。久しぶりだね」 「な、なんで?」 「なんでって……」  そう言うと、彼はそこからぴょんと飛び降りる。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

140人が本棚に入れています
本棚に追加