02話 雲の上の王太子

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02話 雲の上の王太子

「むむむっ……炎の精霊よ、我が手に宿れ!」  今日の授業は手のひらから火を発生させる技の練習だ。一応はマスターしてるつもりだけど? 「あーあ、炎の精霊よ、さすがにもう少し大きいの作ってくれないかなー?」  あたしが意気揚々と呪文を唱えていると、周りの人たちからは微妙な視線と声援が飛んできた。でもそんなの気にしない! さっきは豆粒くらいだったけど入学試験に合格したんだから、ちょっとの火なんて余裕で作れるハズ!  「あ、あれ? この魔法陣、もしかして逆さまに描いてた?」  パニックになりながら、黒板を何度も見直す。でも、今更なにをやっても遅い。とにかく頑張るしかない! 「い、いくわよ! イグニート!」  すると、小さな火の玉が手から飛び出し、ビー玉くらいの大きさでピューっと消えていった。 「……うん、まぁ可愛いかな?」  あたしは自分の手を見てがっかりした。リンダも指先からちょこんと小さな火の玉を放ち、思わず二人で苦笑い。他の生徒たちはボッボボッボと大きな炎を操ってるのに、あたしらはできなくて逆に目立ってしまう。そんな様子を見かねてアレキサンダー・ブラックウッド先生が声をかけてくれた。 「大丈夫、二人とも良く頑張ってます。焦らず基礎をしっかり身につければ、できるようになりますよ。君たちは才能があるからね」   先生は初級クラスを担当してる、いつも笑顔で優しい男性だ。四十代前半、長身でスラリとした体格、アイビーカットの黒髪と整った顔立ちをしている。生徒たちは彼を「アレク先生」と呼んで親しんでおり、かくいうあたしの推しでもある。 「ううっ……センセ~、ありがとうございます~」  優しいアレク先生に励まされてペコリと頭を下げたら、なんと先生があたしの豪快にはねたボブヘアとリンダのキュートなツインテールを「よしよし」と撫でてくれたのだ。  もう、やばい……! しあわせすぎて胸がキュンキュンしちゃうよー。よしっ、もっと頑張ってアレク先生を驚かせてみせるんだ!   せめてクラスで目立たない程度の魔法術を身につけようと、心に決めた。 「リンダ、あたし自習するわ」 「うん、じゃあ一緒にやろう」  授業が終わった後、黒板を見ながら魔法陣を描き直し、何度も練習を繰り返していた。 「あっ、アリアナ、もうこんな時間! 早くエントランスに行かないと、上級生に会えないよ!」  あたしは自習に夢中で忘れていた。上級生の出待ちって、興味なし。でも、リンダがソワソワしている。やっぱり推しに会いたいんだろうな。まあ、ついて行ってあげよっか。  学園のエントランスホールは、高い天井と大きなガラス窓から差し込む自然光が印象的な広い空間だ。ここに上級生を待つ生徒たちがたくさんいる。貴族の馬車もすでに待ち構えており、執事が玄関口でご令息、ご令嬢を出迎えるために立っていた。 「きゃー、王太子さまー! お疲れさまでーす!」  魔法学園の首席であり、風紀委員長でもあるジョン・ウィリアムズ王太子の姿が現れると、女生徒たちは黄色い歓声を上げた。  彼は王室の身分でありながら、魔法の才能にも恵まれたエリートだ。長身で引き締まった筋肉質の体型、グレージュ系カラーの髪にマッシュウルフヘア、そして淡褐色の瞳が特徴的。クールで厳格な雰囲気を醸し出してるけど、あたしは苦手なタイプなのだ。  さりげなく手を振る王太子の仕草を見て、周りからひときわ大きな悲鳴が上がった。あたしはファンでも何でもないけど、リンダと一緒に声援を送り、モブらしい女生徒たちの中に溶け込んでいた。  でも次の瞬間、思い出したくない映像が脳裏に浮かぶ。なぜか磔にされて、王太子の冷たい命令で銀髪の騎士が……怖い、怖すぎる。  雲の上の王太子とは一度も会話したことがない。でも深いつながりがあるような気がしてならない。 「何だろう、この気持ちは?」  あたしは背中がゾクっとするような感覚に襲われた。
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