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09話 ぽっちゃり騎士
「まさか、竜巻を起こすつもりなのか!?」
「風に乗ってジャンプするわよ!」
「な、何者だ、君は……」
周囲の風はどんどん強くなり、空気中の微小な塵や葉っぱが舞い上がっていく。次第に風の音が耳に響き始め、木々が揺れ始める。そして地面から急激に風が立ち上がり、大きな竜巻が形成された。その竜巻は急速に回転を増し、砂埃を吸い上げ、鳴動しながら進んでくる。
「今だ、跳べ──!」
後方から迫ってくる竜巻に二人は身を任せ、回転しながら「解呪!」と叫ぶ。すると次の瞬間、竜巻は緩やかな風に変わり、やがて消滅した。しかし、二人は空高く舞い上がり、その姿は太陽の光で消えていった。
「アリアナっ、どこ!?」
「砂埃もひどくて見えないな」
リンダやガレスが目で追う。それにレースを終えたお嬢も見守っていた。
「アリアナ様に上級並みの能力があったなんて信じられないですわ」
「アレクちゃんの力です! 猫ちゃんの!」
「あ、そうか! あの猫の魔力か!」
ズサーーッっと、気がつけば丘の頂上に着地していた。一飛びで五百メートルくらい飛んだのだろう。
「はぁはぁはぁはぁ……死ぬかと思ったぞ」
膝をついて着地した体勢のまま、あたしは小さな声で呟く。
「銀髪の騎士よ。王太子の命とはいえ、よくもわたくしを刺し殺したな?」
「えっ? 何をぶつぶつ言ってるんだい?」
……ん? え? ハッ、ここはどこ?
「アリアナ、大丈夫か? 怪我はないか?」
赤い紐で結ばれた男性が、優しい眼差しであたしを見つめている。あ、そうだ、二人三脚の途中だった。完全に金髪のあたしに成りきっていたよ。
「隊長様、このレースは負けた方が良いのですよね?」
「あ……ま、まあな。でも君が勝ちたいと思えばこのまま逃げ切ってもいいよ」
「いいえ、負けましょう。あの三人に勝ってもらい、少しでも仲良くしていただくのがこのミッションの目的なので」
「そうだな。じゃあ、ゆっくりと戻ろう」
「はい!」
そして、テテテ……コテッと何回か転んでは走るを繰り返した。途中、丘の中腹で王太子チームとすれ違う。セシリアには睨まれたけれど、「もう魔力を使う体力は残っていない。追いつくぞ」と王太子が、くぐっとセシリアの身体を寄せ付けると、彼女の表情も緩んでいった。
「よくやった。アリアナ」
王太子からそう告げられる。初めて自分の名前で呼ばれた。しかし、そんなことはどうでもいい。ああ、上級者並みの魔法を披露してしまった。もうモブじゃなくなったかな。アレク先生は見てくれたかな。あとで褒められるかなあ、と頭の中はそんなことでいっぱいだった。
レースはというと、トロトロ走るあたしらはやっぱり途中で抜かれて結果、大差で負けてしまった。でも、これでいいんだ。
「アリアナ、カッコよかったよ!」
「リンダもすごかったね!」
ゴールしたあたしはリンダと抱き合って大役を終えた喜びを分かち合う。
「やっぱり、この猫の魔力はすごいな!」
「そうね、ガレスさん」と、微笑んで答えた。まあそういうことにした方が良さそうだ。
「リンダも上級並みの魔法が開花したし、面白いレースだった。お前たち、今度の課外授業でしっかり技術を磨けば進級するかもしれないぞ。よろしくな! ははは」
進級!? 中級クラスになるってこと?
ぽっちゃり騎士のガレスが、とびっきりの笑顔を向ける。こうして見るとなかなか愛らしい。
「アリアナ、一緒に頑張ろうね!」
「うん、がんばろう……!」
否応なしにあたしは成長している。喜ぶべきなのかな。金髪のあたしに聞いてみたい。転生した本当の目的を──。
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