01話 ただのモブ乙女

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01話 ただのモブ乙女

 わたくしは処刑台に磔にされ、血のにじむ手首が鉄の枷に拘束されていた。そして敵意に満ちた騎士どもが剣を振りかざし、まさに最後の時を迎えようとしている。 「アリアナ・フォン・ハートレイク。最後に言い残すことはないか?」  この場の責任者は風紀委員長でわたくしの婚約者……いえ、元婚約者のジョン・ウィリアムズ王太子だ。彼は表情を変えずクールにそう言い放った。 「一言宜しいでしょうか、王太子さま?」  この断罪ショーを歓迎する魔法学園の生徒たちは荒れ果てた学園の庭に集まっている。わたくしは彼らの中から王太子を奪った憎き女、エリザベス・ラングレーを見つけ、微笑みを浮かべながら口を開いた。 「エリザベスと結ばれれば、必ず後悔することになるでしょう。なぜなら──」 「もういい。お前は感情をコントロールできず実体魔法で学園を破壊し、多くの生徒を傷つけた。民のために魔法を使う者としてあってはならない。僕はその謝罪の言葉を聞きたかっただけだ。残念だが、お前の才能を失うのは仕方ないな」  風は強く吹き、塵と煙が舞い上がり、まるでわたくしを嘲笑うかのように遠くで鳥たちが鳴き声を上げた。  今は魔力が封印されている。この世界には自分より強い方々がおられるのでしょう。それは王太子でもなく無論、学園の生徒でもない。  悔しいっ。ああ、悔しいですわ!  見えない敵に負けたことの悔しさでいっぱいだ。同時に、あきらめや絶望感に支配されている。  侯爵令嬢として生まれ、魔法の才能にも恵まれていたけれど、自分の目立ちたがりや傲慢な性格が災いし、王太子を巡るトラブルを引き起こしてしまった。その結果、婚約破棄され破滅を回避できずに死亡するとは。  この才能と性格に後悔してる。だけど最後まで自分らしく振る舞おう。わたくしは悪役令嬢だ。凛として敵に屈しない強さを示してやるわ。  心には燃えるような決意が満ち、自分が処刑されることで生きた証を示そうと思っていた。 ──その時、ふと頭の中で言葉が聞こえてくる。 「ねえ、殺される気分はどう?」 「……っ、これはテレパシー! 何者!?」 「私はこの世界のクリエイター。君の処刑はシナリオ通りだから、可憐に死んでよね」  死を目前にして、わたくしは真相を聞かされることになった。謎のクリエイターとやらに。 「シナリオって意味がわからないけど、魔力を封印したはあなただったのね」 「フフフ、私には敵わないよ。アリアナ、これまでお役目ご苦労様。──ただ、君は少々バグったようだね」 「バグ?」 「上級魔法師の設定を超える神級の能力を勝手に進化させた。そして、私の理想の学園を滅茶苦茶に破壊しシナリオを狂わせた」 「は? なに? この世界はあなたが創作したゲームとでも仰りたいの?」 「ああ、これは乙女ゲームだ。正確には私の魔力でこの世を作り替えた異世界。でもね、君の暴走のせいで修正が必要になった。だから君にはやり直してもらう。記憶を消去してね。そうだ、モブがいいな。二年前に戻すから次こそは上手く演じてくれ。では、さよなら」  その瞬間、痛みが走り抜けた。剣が胸を突き、冷たい鉄が躰を貫いていく感覚がした。息が詰まり、身体が動かなくなり、真っ暗な闇が迫ってきていた。けれど、突如として解放されたかのように魔力が回復した気がした。 「くっ……ふん、ここからが本当の闘いよ。ゲームオーバーにはさせないわ」  次は控えめで優しい自分になりきってクリエイターを欺き、復讐を果たす。そして生き延びてやる。そう心に誓い、最後の力を振り絞って魔法を唱えた。 「力を与えて! この記憶を残して! そして心を読まれないマインドブロックを!」  *** 「アリアナ~、急いで! 遅刻しちゃうよ~!」 「うわぁ、ちょっと待ってよ。リンダ~」  友達の声に焦って、あわてて歯を磨くあたしは鏡の前であたふたしていた。寝起きで髪の毛がくしゃくしゃだ。黒髪のボブヘアは今日も豪快にはねているけど直す時間がないので気にしないことに決めた。ただ、なんとなく違和感がある。 「えっ? 誰? あ、いや、あたしよ、あたし」  あたしと言えば女子力ゼロ。幼児体型。運動オンチ。魔力は底辺。ヴァレンシア魔法学園の薄味キャラ。加えて平民。  ……のはずだけど!?  頭に浮かぶのは金髪のロングヘアに縦ロール、華麗なドレスを纏っている真逆の超絶美人で金持ちのお嬢様だ。あたし自身が誰で、どんな人生を送り、死際はどうだったのか、あいまいな記憶が僅かに脳裏をかすめる。でもそれは昨日の夢のようにも感じられ、現実としてあたしはただのモブ乙女だ。 「アリアナ、まだあ~? 先行っちゃうよう~!」 「あ、もう行くから~」  リンダの声で我に返った。記憶のかけらを忘れ、彼女と手をつないで学園に向かう。ただ、心の奥底では薄らと蘇った記憶を重ね、今は目立たない存在で良かったという喜びがあった。
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