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昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、俺たちは「この本が好きなの?」とか「わかる、この作者のここが良い」とかの本トークで最高に盛り上がっていた。こんな男と話が合うだなんて、夢にも見なかったよ。人生わからないね、本当に。もう一生こんなことないと思うけど。
チャイムが鳴れば自然と、教室へ戻ろうと足を向ける。その際、佐山くんはポケットから棒飴を取り出した。
「佐山くん、駄目だよ」
「え?」
俺は佐山くんの棒飴を指して言った。
「廊下で食べ歩くのは、昼休みと放課後以外原則禁止」
「あ〜。そういえば、そんな校則もあったねぇ。忘れてた」
(……さすがは、鳥頭)
「椿くん、ありがとう」
佐山くんはそう言って、棒飴を再びポケットの中にしまった。そして、恥ずかしがるようにはにかんで笑う。俺はその様子を漠然と見ていた。
「この学校、校則多いよね。やになっちゃう」
「いや……他校と比べれば、それほど」
「え、そう?」
コクン。そう首を縦に振れば、佐山くんは「椿くんがそう言うならそうなのか」と、納得していた。単純な男である。
にしても、驚いていた。
今日は驚くことばかりだな、と何処か他人事のように自分の心の動きを観察する。ありがとう、と言われたことが初めてで。注意してありがとうなんて言われる訳ないと思っていたから。
いや、これは驚きじゃなくて喜びかと考え直す。瞳が潤んだ気がした。気のせいだと思い込んだ。
急がないと授業が始まりそうな気がして、足は自然と早足になった。
***
佐山くんはそんな男だったのかと。早々に印象が改竄されてきていた。意外と言われてみれば、確かに悪い男のように思えなくて───いや、こうやって人を騙して漬け込んできたというのはありそうな話だと、考え直す。それを数日繰り返していた。
やはり彼の鳥頭は、すぐには直らない重度のもののようで、その数日間の間も指摘することがあった。なんで服装のひとつも自分で整えられないんだか。よくわからないな。
その度に「椿くん、お疲れ様」と笑うものだから、誰のせいだよと毎回のように思っていた。もはや、そこまでがワンセットである。
今日も例に漏れず、校則違反を注意する。
今日もお疲れ様。あっ、本当だね! ありがとう。またね、椿くん。
毎度毎度、ひらひらと手を振る佐山くん。注意されると、彼はいっつもはにかんでバツが悪そうに笑った。その顔を見ると、何故か心が温かくなった気がした。
たまに図書室に行けば会うこともあり、本の話で盛り上がることもあった。話せば話すほど、心にランプが灯ったかのような気持ちになった。
ずっとずっと、友達なんて、出来ないと思っていた。こんな正論だけしか振り回せないような俺だから、誰も寄ってこないと思っていた。皆が嫌がって、いつか離れて行くものだと思った。
だけど、佐山くんは離れないでくれた。
嫌っていたはずなのに、佐山くんへ寄せる感情は育って行くばかり。話す度に、顔を合わせる度に、顔が無自覚に綻んでしまうくらい、佐山くんに絆されているのだと、自覚はあった。
***
佐山くんとある程度親しくなった頃に、聞いた話。いや、話とも言えないただの噂。
『佐山ってさ───』
ただの噂だ、根拠も何もない、なんにも信用に値しないもの。
『女とか取っ替え引っ替えして、遊んでるらしいぜ』
それなのに、何故こんなにも胸がギュッと痛むのだろうか。
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