君に恋なんてしたくなかった。

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 女を取っ替え引っ替えして遊んでる? ちょっと待ってくれよ、どういうこと? 彼は、佐山くんは、そんなことするような人じゃない。彼はそんな不誠実な人じゃない。確かに、どうしようもない鳥頭で、授業もサボるような人だけど、でも、彼は人を傷つけるような真似はしない。そこまで思って、最初の自分の考えを思い出した。 『人を騙して漬け込んできた、誑かしてきた』  俺の予想が的中したのか。そうなのか。佐山くんはやっぱり、そういう人間だったのか? じゃあ、俺が今まで見てきたのは何だったのだろうか。あの優しさは、俺を誑かすためのただの利己的なものだったのか? そして、俺が騙されたのを見て心の中では嗤っていたのだろうか?  彼はそんな、俺が最も嫌悪するような類の人間だったのだろうか?  視界が急に歪む。どうしたのかと思った。目を擦ればすぐにわかった。泣いていた。この目から溢れ出したのは、他でもない涙だった。  この涙の意味、わからないと言うほど俺は鈍感じゃない。なんとなく、もう察していた。やはり、俺は感情が昂ってもどこか冷静なところがあるらしい。 「好き……」  口から溢れた独り言は、誰にも掬われることなく消えていった。 ***  あの噂を喋っていた男子生徒たちもいなくなり、完全に一人となった放課後の教室。勝手に涙が出てきてやっと気がついた。俺は佐山くんのことが好きなのかもしれない。というか、好きだ。これは、もう認めるしかなさそうだ。  好き……そう、好きなんだよな。この感情は、もう誤魔化せない。だって、こんなにも胸が苦しくて苦しくて、心臓が割れそうなくらい痛くて。  これを『恋』と呼ばずして、なんと呼ぶんだ。 「…………あぁ、もう、なんなんだよ」  止まらない涙に嫌気がさして、思わず舌を打つ。泣くなよ。もう遅いから。恋と気づいたときには、もう手遅れで、どうしようもなくて、しんどくて。本当になんなんだよ。恋に気がついたときには、手遅れなんてあんまりじゃねぇかよ。  どうせ、佐山くんは女の子が好きなんだろ? あの噂が本当なら、取っ替え引っ替えしちゃうぐらいに。  制服の袖で乱暴に目元を擦る。肌がジンジンと傷んだ。それでも、繰り返し擦る。すると、涙は止まってくれた。だけど、心は何にも穏やかじゃなくて、今にでも泣き出しそうだった。  逃げるように玄関を目指して、走り出す。ここにいては、勝手に思い出しちゃうから、君のこと。  今は家に帰って、好きな音楽で脳を浸して、ただ君のことを忘れていたかった。脳の片隅にでも君を置いておきたくはなかった。  やっぱり、嫌いだよ。君のことなんて、大嫌いだよ、佐山くん。  そう思わなきゃやってけなかった。  風紀を乱すお前なんか大っ嫌いだよ…………大嫌いなはずなのに。  ほら、また目が潤む。  こんなにも辛くて苦しいだけなら、恋なんてしたくなかった。俺は、君に恋なんてしたくなかったよ。
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