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次の日。平然を装って、学校に行く。普通な顔をしていても、心の中は昨日からぶっ続けで激しく揺らいでいた。
無事に電車を乗り終え、早く家に帰りたいと思いつつ学校に足を向ける。偉い、俺。本当に偉いぞ。学校に行けて偉い。今からアイツのいる教室へ向かっていると思うと、叫び出して電車の来る線路に飛び込みたいと思う気分だった。あいにく、そんな勇気はない。
もうそろそろ、生徒玄関。そこに足を踏み入れれば帰れねぇな。とか、どこか上の空で他人事で考えた。
そして、足を止める。目から勝手に涙が溢れてきて焦った。気が付けば体育館裏に逃げ込んでいた。
***
佐山くんがいた。
いや、違う。そんなのでここまで来て、なにもこんなに涙を流していない。佐山くんがいたって、逃げ出さないという覚悟は出来ていた。大事なのはその隣。
佐山くんが見知らぬ女の子と並んで、登校していた。
しかも、手を繋いで。仲良さげに微笑みあって。あれは彼女なのだろうか。いや、噂通りにいけば、ただの遊びの相手なのだろうか。毎日毎日取っ替え引っ替えしているのだろうか。
わからないけど、女の子を連れていた。それは事実で、もう何にも変えられないものだった。情けなく、嗚咽を垂れ流して泣く。この際、泣くしかなかった。誰にも気付かれず育つだけ育った恋情が、胸の中でもう無理だと苦しい痛いと悲鳴をあげる。それがひどく鬱陶しかった。
「…………え、何、泣き声?」
「コワ」と聞き慣れた声が、耳に入る。俺は泣くのをやめようとするが、やめようとしようとするほど涙は溢れた。
「体育館裏からしないか?」
「なにそれ、コワすぎ」
「大丈夫だ、行け」
「え? 行け?」
「そうだ、見に行け」
「いやいや、コワいよ!」
「男だろ、お前」
「あー! そういうのダメだからね」
「ごめんな!」
「もう! でも、美希のお願いなら見に行ってあげてもいいよ…………って、椿?」
涙でぐちゃぐちゃなまんまの顔を上げると、そこにはやはり、風紀委員長と副委員長がいた。委員長は「え、泣いてんの? ちょ、嘘?!」と慌てふためく。隣で副委員長は「椿ィ! どした!」といつもの大声でそう尋ねている。
「あ〜、いいんちょ……っ、別に、気にしないでくだ、さいっ」
「いやいやいや、無理!! どうしたの椿。誰かに何かやられた? 先輩に話してみ?」
「そうだな! 私に話してみろ、椿! 私がシめてやるよ!!」
副委員長は腕捲りをしてそう言った。この手のジョークは、副委員長が言うとジョークには聞こえない。この人、本当にやりそうなんだよな。泣きながら、でも、少し笑顔が戻ってくる。さすがは俺の憧れ。それでも、言えない相談事があるってもんだ。俺は俯いて、静かに首を振った。
「ほんと……っ、大丈夫ですので」
「いや、そうは見えないんだけど───」
そう委員長が言いかけたところで、パシ、と頭上で肌と肌を勢いよく重ねた音が響く。そして、次に出た音に俺は目を見開いた。上を向いた。大粒の涙がひとつ地面に落ちる。
「椿くんのこと、何泣かせてんすか?」
そこにいたのは、俺をこんなにもしている張本人で。更に、俺の涙腺は馬鹿になった。
ふざけんな、お前が言ってんじゃねぇよ。
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