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スマホから響く呼出音で目が覚めた頃には、陽はとっくに高く登っていた。
カーテン越しにもわかる日差しの力強さに、目が慣れるのに時間が掛かる。
手探りで掴んだスマホのディスプレイに表示された、『神楽坂 国治』の名前に自然と力が入ってしまった。
やっぱり無かったことにして欲しい。
昨日の話は忘れてくれ。
そんな想像が、勝手に神楽坂さんボイスになって頭に流れる。
「そうなったら、どうしよう」
小さく呟けば、ずしりと不安が心にのしかかってきた。
しかしこのまま呼び出し続けるスマホを、無視する訳にはいかない。
寝起きのままの格好でベッドの上に正座し、恐る恐る電話に出た。
「……もしもし?」
「もしもし、神楽坂です。夕方に連絡しようとしたのですが、やっぱり昨日の件は無しで……と言われてしまうのがこわくて」
最後のほうは、小さな声に聞こえた。
「……ふふ、神楽坂さんにもこわいものがあるんですね」
「ありますとも。ところで、高梨さんにお渡しするお金の用意が出来ました。外で渡すのも危ないですし、今夜伺っても?」
え、昨日そんなことを言っていたけど、神楽坂さんの『前払い』は本気だったんだ。
内心ではとてもビビっている。それを態度に出してしまったら、神楽坂さんを不安にさせてしまう。
「ありがとうございます。もし良かったら、夕飯をうちで食べませんか? たいしたものは作れませんが」
「それはありがたい。楽しみにしています。必要なものがあったら、連絡ください」
では、と電話が切れて、私はつめていた息を大きく吐いた。
お金の用意もできたとなると、いよいよ後戻りは出来なくなった。
なら。覚悟を決めてしっかりと、神楽坂さんの偽物の奥さん業を務めさせて貰おう。
まずは、いろいろ作ってみて食の好みを把握しなくちゃ。
ベッドの上で伸びをしてから、気合いを入れて洗面所へ向かった。
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