一章

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スマホから響く呼出音で目が覚めた頃には、陽はとっくに高く登っていた。  カーテン越しにもわかる日差しの力強さに、目が慣れるのに時間が掛かる。  手探りで掴んだスマホのディスプレイに表示された、『神楽坂 国治』の名前に自然と力が入ってしまった。  やっぱり無かったことにして欲しい。  昨日の話は忘れてくれ。  そんな想像が、勝手に神楽坂さんボイスになって頭に流れる。 「そうなったら、どうしよう」  小さく呟けば、ずしりと不安が心にのしかかってきた。  しかしこのまま呼び出し続けるスマホを、無視する訳にはいかない。  寝起きのままの格好でベッドの上に正座し、恐る恐る電話に出た。 「……もしもし?」 「もしもし、神楽坂です。夕方に連絡しようとしたのですが、やっぱり昨日の件は無しで……と言われてしまうのがこわくて」  最後のほうは、小さな声に聞こえた。 「……ふふ、神楽坂さんにもこわいものがあるんですね」 「ありますとも。ところで、高梨さんにお渡しするお金の用意が出来ました。外で渡すのも危ないですし、今夜伺っても?」  え、昨日そんなことを言っていたけど、神楽坂さんの『前払い』は本気だったんだ。  内心ではとてもビビっている。それを態度に出してしまったら、神楽坂さんを不安にさせてしまう。 「ありがとうございます。もし良かったら、夕飯をうちで食べませんか? たいしたものは作れませんが」 「それはありがたい。楽しみにしています。必要なものがあったら、連絡ください」  では、と電話が切れて、私はつめていた息を大きく吐いた。  お金の用意もできたとなると、いよいよ後戻りは出来なくなった。  なら。覚悟を決めてしっかりと、神楽坂さんの偽物の奥さん業を務めさせて貰おう。  まずは、いろいろ作ってみて食の好みを把握しなくちゃ。  ベッドの上で伸びをしてから、気合いを入れて洗面所へ向かった。  
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