一章

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食の好みがわからなかったので、とりあえず様子を見るのに無難な和食を用意した。  焼き魚に青菜のおひたし、練り物と野菜の煮物。それにつやつやの炊きたてご飯にお味噌汁。  タッパーの糠床から、キュウリのお漬物も並べる。  シンプルだけど、普段よりも豪華だ。私ひとりだったら、おかずは焼き魚にお漬物で済ませてしまう。  ここで必要以上に張り切っても、一年間の間に息切れしてしまう。  なので、料理はこの位ならとりあえず出来ますというアピールにした。  もしかしたら神楽坂さんの方が私よりも料理が得意かもしれないし、家事は分担になるかもしれない。  テーブルに並べた料理を見て、神楽坂さんがそわっとしたのがわかった。  食事中、お行儀が悪いと思いながらも、味や好き嫌いを聞いてしまった。  神楽坂さん、表情に全然出ないんだもの。  ホテルスタッフの中には、神楽坂さんを苦手に思っていた人も少し居た。  お客様の前では笑顔だけど、スタッフには笑いもしないって。  私はそんな話を聞いても気にしなかったけれど、一対一だと、どうしても多少のリアクションが欲しくなってしまう。 「すみません。反応が面白くない男で申し訳ない」 「こちらこそ、食事中にうるさくしてしまってすみません」 「おいしいです。自分では全く自炊をしないので、ちゃんと高梨さんに教わろうかな」  冗談?本気? どっちかわからなくて、へへっと笑って返事をごまかす。 そのまま用意した夕飯を、神楽坂さんは残さずに綺麗に食べてくれた。  そんな夕飯が終わり、いよいよ本題に入る時がやってきた。  お茶をいれて、私たちはテーブルを挟んで向き合う。 「……改めて、昨日は契約結婚の話に承諾してくれて、ありがとうございます」  神楽坂さんが頭を下げる。 「こちらこそ。あの時、神楽坂さんに声を掛けて貰えなかったら……想像するとゾッとします」  こんな話は、宝くじに当たるより奇跡に近い。通常なら有り得ない奇跡だ。  三百万円を失ってすぐ、三百万円を得るチャンスがやってくるなんて。  私も、深深と頭を下げた。  
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