一章

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こんなこと、両親に言ってもしょうがない。あの自由奔放な妹のせいで、老後のために貯めていたお金がだいぶ減ったと聞かされている。  借金をし、返せなくなった頃に泣きつかれ、両親が今度だけと清算するとまた妹は密かに借金をする。  買い物、ホスト、海外旅行に宝石。  心身に不調をきたすほど振り回されて、ついにその原因である妹を追い出したばかりの両親に、こんな事は言える訳ない。  悔しさ、悲しさ、虚しさ。貯めていたお金は、妹にかかりきりだった両親には頼れない、そんな私の支えでもあった。  昔から妹は手のかかる子、姉の私はそのぶんしっかりしないと、心配掛けない様にと頑張ってしまっていた。  脱力した体に、抱えた花束がやけに重い。  帰宅して荒らされているかもしれない部屋を見てしまったら、この事実を本当に認めないといけなくなる。  大金を持った妹が、部屋に残っている訳がない。  ……嫌だ、いやだ。  人目があるのも分かっているのに、遂に私はその場にしゃがみ込んでしまった。  アスファルトに、ぼたぼたと涙が落ちる。歯を食い縛らないと、悔しくて声が出てしまいそう。  どうして、通帳と印鑑を一緒にしてしまったのか。別々にしていれば、三百万が今すぐ消える事は無かったんじゃないか。  今度は自分を責め始めると、足元がぐらぐらと揺らぐ。  その時だった。何度か聞いたことのある、低く落ち着いた声が降ってきた。 「大丈夫ですか、具合が悪いのですか?」  そっと、様子を伺ってくれる声にある人物の顔が浮かぶ。 「……だ……だいじょ……」  大丈夫。ご心配おかけしてすみません。すぐに帰ります。咄嗟に浮かんだ言葉は、するりと声にすることが出来ない。  大丈夫じゃないのだ。全財産を失って、叶いそうだった夢がうんと遠のいた。 「……くっ……ふ……」  抱きしめた花束が、クシャクシャと心もとない音を立てる。 「何かあったなら、私で良かったら話を聞きますよ」  待たせているのが申し訳なくて、言葉が出ないならせめてと顔を上げる。  涙と鼻水で多分汚いのに、上を向けたのはこの人と会うのは今日で最後だからだ。  溢れ出る涙の海の向こう、夕陽を背にその人が目線を合わせる為か私前にしゃがみ込む。 「……高梨さん、大丈夫……じゃなさそうですね」  皺ひとつ無い上質なスーツの上着から、綺麗にアイロンのあてられたハンカチが差し出される。  それを受け取ると、この『sakazaki』の総支配人、神楽坂さんが小さなほっとした表情を浮かべたように見えた。  
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