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神楽坂さんは考え込みながら黙り込んでしまった。
それはそうだ。金銭トラブルなのだ、私が警察に行かないとなれば、話はここで詰む。
神楽坂さんが、ふとコーヒーカップに視線を落とした。
しばしの沈黙。私も気まずくなってきてしまって、下を向く。
テーブルの下でちらりと腕時計を見ると、十九時を過ぎようとしている。
このタイミングで話を聞いてくれたお礼を言って、別れるのが良いかもしれない。
せめてもと涙を拭おうと顔を上げると、神楽坂さんが私をじっと見ていた。
「高梨さん。不躾な質問をしますが、また一から資金を貯める予定ですか?」
夢に期限は無いけれど、また一からとなると気持ちが前を向けないでいる。
いっそ諦められたら、こんなに苦しまないで済むのに。
「正直、いまはわかりません。妹から取り返せればと思いましたが、現実的ではありません。きっと私からの電話は着信拒否にでもしてあるでしょうし」
「そうですね。お話を伺っていて、僕も妹さんと連絡を取るのは難しいだろうと考えています」
ふうっと、神楽坂さんが息を吐く。きっと神楽坂さんの身近な人達の中には、こんなだらしない人間は居ないのだろう。
「大切な質問をします。高梨さんはいま、好きな人やお付き合いをしている方はいらっしゃいますか?」
「……えっ?」
予想もしていなかった方向の質問に、目が点になる。
冗談かな、と神楽坂さんの顔を見ても真剣そのものだ。
「す、好きな人や、付き合ってる人ですか」
「はい。とても大事なことです」
そういう人に、頼れという話だろうか。
背筋を伸ばし、はっきりと答える。
「そういった人は居ませんし、居たとしても頼るつもりはありません」
私の答えに、神楽坂さんは静かに「うん」と言って頷いた。
視線が合う。
端正な顔立ちのなかの、形の良い唇が動く。
「下衆な提案ですが、明日からの高梨さんのこの先一年間を、僕が三百万で買います。僕と契約結婚しませんか?」
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