一章

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神楽坂さんは考え込みながら黙り込んでしまった。  それはそうだ。金銭トラブルなのだ、私が警察に行かないとなれば、話はここで詰む。  神楽坂さんが、ふとコーヒーカップに視線を落とした。  しばしの沈黙。私も気まずくなってきてしまって、下を向く。  テーブルの下でちらりと腕時計を見ると、十九時を過ぎようとしている。  このタイミングで話を聞いてくれたお礼を言って、別れるのが良いかもしれない。  せめてもと涙を拭おうと顔を上げると、神楽坂さんが私をじっと見ていた。 「高梨さん。不躾な質問をしますが、また一から資金を貯める予定ですか?」  夢に期限は無いけれど、また一からとなると気持ちが前を向けないでいる。  いっそ諦められたら、こんなに苦しまないで済むのに。 「正直、いまはわかりません。妹から取り返せればと思いましたが、現実的ではありません。きっと私からの電話は着信拒否にでもしてあるでしょうし」 「そうですね。お話を伺っていて、僕も妹さんと連絡を取るのは難しいだろうと考えています」  ふうっと、神楽坂さんが息を吐く。きっと神楽坂さんの身近な人達の中には、こんなだらしない人間は居ないのだろう。 「大切な質問をします。高梨さんはいま、好きな人やお付き合いをしている方はいらっしゃいますか?」 「……えっ?」   予想もしていなかった方向の質問に、目が点になる。  冗談かな、と神楽坂さんの顔を見ても真剣そのものだ。 「す、好きな人や、付き合ってる人ですか」 「はい。とても大事なことです」  そういう人に、頼れという話だろうか。  背筋を伸ばし、はっきりと答える。 「そういった人は居ませんし、居たとしても頼るつもりはありません」  私の答えに、神楽坂さんは静かに「うん」と言って頷いた。  視線が合う。  端正な顔立ちのなかの、形の良い唇が動く。    「下衆な提案ですが、明日からの高梨さんのこの先一年間を、僕が三百万で買います。僕と契約結婚しませんか?」  
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