第一話 美星の決意(一)

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美星(みほし)お嬢様。入荷したので帳簿お願いできますか」  美星は名の読みを変えた。響玄が名付けた名は『めいしん』だが天藍の母国では異なる読みがあるという。それに倣い名を変える者も多く、美星も響玄の提案で『みほし』と読みを改めた。  だが理由は天藍の崇拝ではない。有翼人であることを隠すためだ。  全種族平等となった今隠す必要はないが精神的外傷は深く残った。有翼人だとを知られれば殺されるのではと思ってしまうのだ。  けれど人間に擬態するための名を名乗ると美星の容体はぐんぐん良くなっていった。 (名前を変えただけなのに妙なことだわ。お父様のように何かを成したならともかく)  変わったことは他にもある。それが響玄の店の経営状況だ。  響玄は曾祖父の時代から続く『天一(てんいつ)』という商店を経営している商人だ。  天一はその名の通り天井知らずに成長し、響玄が引き継いでわずか五年で蛍宮に知らない者はいないと言って良いほどの規模になったそうだ。  美星が生まれたと同時に母親は死んだため響玄は男手一人で育ててくれたが、同時に商売も成功させたのだ。  薫衣草畑をぽんと作れるほどの広い敷地と財力は蛍宮内でも有数で、だからこそ有翼人狩りを別荘地でやり過ごすこともできた。  美星は帳簿をぱらぱらと捲った。これには天一の売上や原価、販売管理費を含めた利益が記されている。店が赤字になっていないか、どれほどの黒字を保っているかがこれで分かる。 「今月は売上良かったけど仕入れも多かったわよね。ちゃんと黒字になってるかしら」 「それはもう。使用人を二、三人増やしたって問題ないですよ。こんな雑用はお嬢様がなさらずとも良いでしょうに」 「お父様のために何かやりたいの。ああ、よかった。今月も黒字で着地できそうね。売れてる商品種も広がってるし、流通はすっかり元通りだわ」 「いいえ。先代皇の頃よりずっと豊かですよ」 「前は税が凄かったものね」
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