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「そういえばお父様はまだ商談なさってるの?」
「ええ。お茶を淹れ直さないといけないんですよ。でも今日はあれの商談だからどうしようかと」
「なら私が行くわ。ああ、そうそう。方眼紙を買い足しておいて。無くなりそうなの。あれがないと計算が」
「お嬢様は字が小さくてらっしゃいますからねえ。買っておきます」
「有難う。あと店頭の陳列を直しておいて。さっきのお客様がぐちゃぐちゃにしちゃって」
「かしこまりました」
美星が帳簿を棚に戻し客間へ向かおうとした時、きい、と客が出入りする扉が開く音がした。入って来たのは二名の女性だ。
「こんにちは。響玄殿はいますか」
「莉雹様! 彩寧様!」
莉雹と彩寧は宮廷の職員だ。莉雹は宮廷で女官を、彩寧は侍女を束ねている。
二人は宮廷の有翼人支援施策を担当しているようで、街中を駆け回っていた時に響玄が知り合ったという。
宮廷への復讐心が燻る美星が信頼する唯一の宮廷人だ。
「響玄殿に相談があるんです。いますか?」
「いますよ。でもお客様が来てるの。もう終わると思うから奥で待っててくれますか」
「よかった。最近はいつもご自宅にいらっしゃって助かるわ」
天一の店舗は響玄と美星の自宅に隣接しているが、戦後の響玄は商談を自宅ですることが多くなっていた。
心の傷が癒えない美星を一人にすることはできないということだったが、実際、天一が遜らなければいけない商談相手などそうそういなくなっている。頼まずともあちらからやって来るのは図らずとも美星にとっては有難いことだった。
加えて響玄が特に多く集めている商品は自宅で現物を売買できるものではないということもある。今日はその商談なのだ。
美星は莉雹と彩寧を奥の部屋へ通すと父の様子を伺った。商談と言っていたが、商品は何も無く並んでいるのは数枚の書類だけだ。
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