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泡
土圭町。学校から見て、捨太郎の住まう柊木町とは真反対、それも学区内ぎりぎりのところである。
魁に付いていき、随分と歩いてやってきた。が、捨太郎の足取りには終始戸惑いがない。
「やっぱり懐かしいなぁ」
「あ?」
「ああ。蜂矢君、僕ね、元は土圭町の生まれなんだ。すぐそこの牛島って家なのだけれど、知らない?」
「さあ」
「僕は十人兄弟の十番目でさ。途中、双子やら三つ子やらもあって、両親は随分苦労したようだよ。さすがに長男の時だけは大喜びで、わざわざお坊さんに頼んで、義陽なんていい名前付けてもらったらしいけど……八人目くらいから、もういい加減止まってくれ! ということで、トメだの余一だの名付けられ始めてさ。で、ああもういいや、もう捨ててやろうの捨太郎で、ようやくにして止まったらしい」
「ふぅん」
「それで、実際に捨てられたわけじゃないが、戦争が終わってすぐ、柊木町に養子に貰われてさ。その家がたまたま五味なんて名前だったものだから、笑っちゃうよな。あはは……」
「着いたぜ、ポカポカ」
「あ、やっぱりここなんだね」
ふたりして見上げる立派な門構え、左右にずらっと続く高い塀。表札こそ出していないが、「鬼瓦」のお屋敷といえば、土圭町で知らぬ者はまずいないだろう。
「やあ、やっぱり大きいね。鬼瓦には決して近付くなと言われて育ったから、こんな目の前まで来たのは初めてだ……」
軽率にそこまで言ってしまい、慌てて口を閉ざした。ちらと魁を見上げるが、彼は特に気にした風もなく門を開け、大股でずしずし入っていく。
まだ十三歳だというのに、なんと堂に入った姿だろうか……。昨日今日と、「まるでやくざのよう」と遠巻きにされていた魁で、「いや、そんなことはない」と思うようにしていた捨太郎なのだが、まさか本当に見た目通りのことだったとは。
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