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「……あれ? でも君、姓は蜂矢だよね。鬼瓦ではなく……」
たたたと小走りで追いかけていく。玄関に辿り着く前に、魁は振り返って、
「は……? 何言ってんだポカポカ。鬼瓦っつったら、親分だろうが」
「ええっと、ううんと。……つまり君は、ここのご子息とかではなくて、あくまでも子分ってこと? 鬼瓦さんの」
「そうだぞ! 俺は、親分の子分だ!」
輝く太陽のような笑顔が返ってくる。それを一身に受けた捨太郎は、まるで仔犬のように足元が弾んだ。その勢いに任せて靴を脱ぎ、じゃれ合いながら長い廊下を進んでいく。
辿り着いたのは広い風呂場だった。銭湯ほどではないにしても、いっぺんに何人かは入れてしまいそうだ。
さて、捨太郎の泥制服。駆けつけた女中達が洗うと申し出てくれたが、丁重に断り、盥に洗濯板、石鹸だけを持ってきてもらった。
ふたりして素っ裸になる。眼鏡だけ残した捨太郎は、一番酷いズボンと下着、鞄を洗い立てていき、魁は詰襟、シャツ、靴下を手伝ってくれた。
「ありがとう蜂矢君。ただ、僕は脱ぐしかないにしても、君までフルチンになる必要はなかったんじゃないか?」
「それなんだが、俺もフルチンになってから気づいたわ。ポカポカに釣られたな」
「うーん、まあ、お互いいかにも慣れていない手付きだからなぁ。着たところで、濡らすか汚すかしてしまいそうだし、よかったのかもね」
また、ふたりともすっかり洗濯に夢中で、戸を閉めるのを忘れていた。そのため途中、何人かの大人に覗き込まれ、なんだなんだと面白がられることになった。彼らの雰囲気からして、ここにあの釣り好き教師が混ざっていたとしても違和感はないことだろう。
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