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触
「うわぁ……もおぉ……うわぁ~……」
数分後――。
五味捨太郎は、泣きっ面のハイハイ歩きで脱衣所に辿り着こうとしている。
情けない、ああ、なんとも情けない。……が、本来ならば。捨太郎程度の胆力であれば、あの遭遇時のショックのまま、廊下で伸びてしまうのがより自然ではあったろう。
ならばなぜ今、四つん這いながらもこうして動くことができているのか。
気絶という現実拒否を彼に許してくれなかったのは、その原因たる「馬」自身であった。
幽霊と呼ぶべきか、怪異と呼ぶべきか――。青白い靄を纏った首無しの馬。廊下を歩む姿に合わせて、捨太郎の後頭部ではパカパカと足音が聞こえ続けている。
その馬が、へたり込んだ少年の意識が遠のきかけると見るや、パカ! パカ! と高らかに蹄を踏み鳴らす。パカカ! パカカ! と小刻みに歩き回る。まるで、しっかりしろとばかりに。
それだけではない。捨太郎の脇腹に向かって頭を下げ、ぐいぐいと前方に転がそうとさえしてきたのだ。
いや実際には、その頭がないのだから、楕円形をした肉の断面図を前後させつつ押し当ててくるという形なのだが――。
「ひぃぃぃ」
ザザッと青褪めた捨太郎。無様な芋虫か尺取り虫みたいに避けまくり、繰り返し飛び退くようになって、いつしか、両手両膝をついた四足歩行で逃げるに終着していた。
逃げるといっても、腰は半ば抜けたままで、ジタバタ、ノロノロとしたものだ。そんな彼の尻を、後ろから更に追い立てる馬がおり、奇妙な動物のペアみたいになって歩き続けてきたのだった。
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