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魁
朝礼を終えて教室に戻る。そしてごく自然に、窓際最後尾にある己の席に向かわんとした。そんな捨太郎が目にしたのは、図抜けて大きい体をした男だった。
「ひえっ」
情けない息の吸い込み。誤魔化して逃げるにしても、もうすぐ近くまで歩を進めてしまっている。
捨太郎の席から右隣。これまで空席であったはずのそこに、とても窮屈そうに男は収まっていた。
緩慢に振り返り、特に関心もなさげにこちらを見やる。凡庸な捨太郎とは違い、きりっと整った顔立ちだ……が、どんな人生を歩んできたものか、物凄い傷跡が縦に横にと駆け巡っている。……
「なぁに? まるでやくざじゃない」
「あんな子、今までいたっけ?」
「ちょっと男前だよねぇ。声かけたくはないけれど」
女子生徒がひそひそと話すのが聞こえてきた。教室中の目線がこちらに集まっているのを産毛で察知する。
逆に言えば、皆静かなもので、教師を呼んでくるというほどの騒ぎは生じないようであった。
それで捨太郎は、目の前の彼がやくざでもなんでもなく、単に同級生であることを落ち着いて認め直すことができた。同じ十三歳とは思えない体格、それに顔の傷ばかり見てしまうけれども……そういえば捨太郎と同じように、きちんと学生服を着込んでいる。
好奇心という名の潤滑油が差し込まれた。逞しい背中の後ろを通っていく。自分の席に着くと、腰が馴染むのも待たず身を乗り出した。
「ええと、初対面だよね。僕は五味捨太郎という」
「……は?」
「五味捨太郎だよ。よろしく」
「とんでもねぇ名前だな」
「あはは、そうだろう。君は?」
「蜂矢魁」
「わぁ、いいなぁ……かっこいい名だ」
調子がよかったのはここまでで、捨太郎は不意に目を泳がせてしまった。
――いいなぁ、などと。勿論、悪気なく述べたつもりだったけれど、もしかすると卑屈な響きを帯びてしまったかもしれない……。
何十針も縫ったのであろう、重度のミミズ腫れみたいな傷跡の中で、魁は笑うでもなく捨太郎を見下ろしている。
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