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「――先生! 定由(さだよし)先生」  授業が終わるなり、たっと廊下に出て担任を追いかけた。 「先生。あの、僕、席を交換してもいいでしょうか? 蜂矢君と」 「あぁ?」  と、一瞬目つき悪く捨太郎を見下ろした教諭であった。が、すぐに「――おっ?」と眉を明るくした。 「お前……。確か名前は、七味唐辛子だったか? 魚にまぶして焼くと旨ぇよな」 「いいえ先生、僕は五味捨太郎です」 「(すて)か。見る目あんじゃねぇか。ぜひともそうするがいいぜ」 「ありがとうございます!」 「(アイツ)はなぁ。はは。あれでなかなか、釣れねぇ魚でもねぇからよ。うまくやってくれや。お前みたいのがつるんでくれりゃあ、あんな調子でもちっとはここに馴染んで、俺ももう少し暇こいて川釣りに行けっかもってな」  ぽんと捨太郎の頭を撫でて去る。その袖口から、鮮やかな彫り物がちらりと覗いた気がしたが、疑問に思うより先に教室へ駆け戻った。 「蜂矢君! 僕と席を交換しないか。先生の許可はもらってきた」  言いながら、もうさっさと店仕舞いを始めている。荷物を全部抱えてしまい、魁の机にどっさり置いてから、 「さ、空いた。替えようよ」 「……なんで?」 「替わりたくないの? そうかなと思ったのだけれど」 「……」 「……あの、ちょうどよかったんだ! 僕には、そう、この席は少々暑かったものだから。うんうん」 「は? なんだ。じゃあもらうわ、もったいねぇ」  魁はゆらりと立ち上がった。立つと、やはり首が痛くなるほど見上げる羽目になる。  彼はほんの一歩で窓際の席へ近づき、のしっと座り直した。  授業中よりも更に太陽が進んでいる。机のみならず、大きな魁の全身を包み込むように日差しが当たった。 「あったけぇ」  雄獅子のぽかぽかと微睡むような顔をする。更に、小さな机を湯たんぽよろしく抱え込んだかと思うと、次の授業が始まるまで短く眠った。  それに比べれば、交換した席は幾分陰っていて冷ややかだ。しかし、教科書を開く捨太郎には、(せん)よりもずっと温かな居心地が訪れていた。
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