19人が本棚に入れています
本棚に追加
「――先生! 定由先生」
授業が終わるなり、たっと廊下に出て担任を追いかけた。
「先生。あの、僕、席を交換してもいいでしょうか? 蜂矢君と」
「あぁ?」
と、一瞬目つき悪く捨太郎を見下ろした教諭であった。が、すぐに「――おっ?」と眉を明るくした。
「お前……。確か名前は、七味唐辛子だったか? 魚にまぶして焼くと旨ぇよな」
「いいえ先生、僕は五味捨太郎です」
「捨か。見る目あんじゃねぇか。ぜひともそうするがいいぜ」
「ありがとうございます!」
「魁はなぁ。はは。あれでなかなか、釣れねぇ魚でもねぇからよ。うまくやってくれや。お前みたいのがつるんでくれりゃあ、あんな調子でもちっとはここに馴染んで、俺ももう少し暇こいて川釣りに行けっかもってな」
ぽんと捨太郎の頭を撫でて去る。その袖口から、鮮やかな彫り物がちらりと覗いた気がしたが、疑問に思うより先に教室へ駆け戻った。
「蜂矢君! 僕と席を交換しないか。先生の許可はもらってきた」
言いながら、もうさっさと店仕舞いを始めている。荷物を全部抱えてしまい、魁の机にどっさり置いてから、
「さ、空いた。替えようよ」
「……なんで?」
「替わりたくないの? そうかなと思ったのだけれど」
「……」
「……あの、ちょうどよかったんだ! 僕には、そう、この席は少々暑かったものだから。うんうん」
「は? なんだ。じゃあもらうわ、もったいねぇ」
魁はゆらりと立ち上がった。立つと、やはり首が痛くなるほど見上げる羽目になる。
彼はほんの一歩で窓際の席へ近づき、のしっと座り直した。
授業中よりも更に太陽が進んでいる。机のみならず、大きな魁の全身を包み込むように日差しが当たった。
「あったけぇ」
雄獅子のぽかぽかと微睡むような顔をする。更に、小さな机を湯たんぽよろしく抱え込んだかと思うと、次の授業が始まるまで短く眠った。
それに比べれば、交換した席は幾分陰っていて冷ややかだ。しかし、教科書を開く捨太郎には、先よりもずっと温かな居心地が訪れていた。
最初のコメントを投稿しよう!