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主従の夢
夜、捨太郎はまた息の詰まる夢を見た。
あの幼い姉妹のことではない。時代は今から大きく遡るだろう。
初めて見る夢……ただし、そこもまた戦火の中。
白刃の煌めきと打ち合いからやや離れ、散りゆく桜の木の根元にいる。
「――大儀であった。これまで」
少年がそう言うと、眼前に一粒の軽やかな雫が過った。瞬きと共にそれが明けた時、血と泥に塗れた頬には小さなえくぼが刻まれている。顔立ちも体格も未成熟、同級生達とそう変わらない年頃の若武者である。
捨太郎は、ばたりと地に横倒しになり、荒い息遣いで彼を見上げる獣だった。
体に力が入らない。長い首をどうにか持ち上げて、痛む尻の辺りに目をやった。艶めく鹿毛の体躯が縦にざっくりと裂け、盛り上がった木の根の一画に赤い池を作っている。これは、太刀か何かで斬りつけられでもしたのだろうか。
「無理をするな。……」
少年は、起き上がった馬首を優しく撫で、再び地面に横たわらせた。
青ざめた微笑を絶やさぬまま、震える手元で短刀を抜く。彼の脇腹もまた、鎧に穴開きしとどに濡れて、もう長く保たないのは自明であった。
だというのに、先に刃を当てたのは、己の首ではなく愛馬の首だった。ヒタリとしたその感触から、温かな思いが流れ込んでくるのを捨太郎は感じた。
舞い散る花と共に、そっと瞼を下ろす。……
「――あっ」
終わりは与えられなかった。それどころか、奪われた。
獣は目を見開いた。手放された短刀が顔の前に突き刺さっている。末期の力を振り絞り、前脚で土を掻き上体を持ち上げた。
「離せ、離せ! おのれぇぇぇッ離せぇぇぇ――!」
若武者が叫んでいる。彼よりもっと粗野で屈強な男達に、両腕を縛られて、米俵みたいに抱えられて。桜の餞も届かぬどこかへと連れ去られてしまう。
「いやだぁぁぁぁぁ――……」
(……あ……)
暗転。転がり落ちていくような感覚。
幾ばくか経ち、次に目を開けた瞬間。
鹿毛がびくんと粟立った。冷えてこわばった鬣が、ぞぞぞぞぞと地の底からうねり波打った。
とうに血の抜けきった体躯で、馬は幽鬼の如く立ち上がる。そのまま、ぞるぞる、ぞるぞると蹄を動かし歩んでいく。
あの可憐な主人の匂いを追って。
あの美しい心の温もりを追って、ただただ一匹、ひたすらに。……
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