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「ひと思いに死ねなかった若武者と馬か。……」  重苦しく曇った翌朝、いつもの通学道。捨太郎は物思いに(ふけ)りながら歩いていた。  肩掛けの学生鞄から、古びたノートを一冊取り出した。表紙には「香澄史調査 中世後期」「牛島(うしじま)義陽(よしひ)」と書かれているようだ。  二宮金次郎よろしく止めぬまま、慣れた手つきでページを繰っていく。……ただし足元は、野良犬に小便を引っ掛けられかねぬほど遅々としたものだ。 「うーん……。ここらで若武者と馬の話といえば、戦国時代、愛洲(あいす)虹七郎(こうしちろう)の金馬伝説があるけれど。虹七郎はもう少し歳を取ってから、小田原征伐で死んだはずだしなぁ。あの馬も金色なんかじゃなくて、ごく一般的な茶色だったものなぁ……」  ぶつぶつ呟くうちに、例の薄気味悪い森に入ってきている。 「この辺りであった話ではないのかな? 図書館でよその地域史も探ってみるしかないか。家紋やら旗印やらをちゃんと見なかったのは失敗だったなぁ……」  ――いや。  そもそも、あれはただの夢であって、かつて実際にあったことだと思い込むほうがおかしいのかもしれないが。  そう理解はしていても、納得はしかねる捨太郎であった。若武者と馬(かれら)の美しい真心が、寝惚けた中学生の脳みその作り出した幻に過ぎないとは思えなかったし――。それに、繰り返し見るあの姉妹の夢が、三年前にすぐそこで起こった悲劇と一致しているという事情もある。 「……」  この五味(ごみ)捨太郎は何者でもない。何らかの特殊能力を宿しているわけでもない。  しかし、きっと、あの夢が何の意味も持たないはずこそがないのだ。  兄を慕う心のまま、危険も忘れて走った幼い姉妹。戦場において獣に情けをかけた少年と、命の限界を超えて追い(すが)った鹿毛の馬……。それを見た捨太郎自身の人生には、いまだ何の値打ちもないにしても、彼らの清らかな生と死までもが虚しくてなってよいはずがないではないか……。
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