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「――うわっ、たたぁぁぁっ!?」
突然、広げていたノートがぐしゃっと潰れ、次いで目の前に細かな星が飛び散った。
衝撃のまま眼鏡も吹っ飛び、勢いよく尻餅をつく。庇い手も出さなかったため、湿った地面で盛大に制服を汚してしまう。
が、彼が真っ先に安否を確認したのは、自分の体ではなく腕に抱いたノートだった。――内側の紙が少し折れ曲がりはしたものの、どこも破れたり汚れたりはしていないようだ。
「よかった……」
ほっとしてから改めて顔を上げる。眼鏡が取れた分、大きく視力が下がっているが、それでもそこに誰がいるのかはわかった。同じ学生服、加えて、この立派な背格好は。
「――ぶつかってしまってごめん! 蜂矢君」
「……あ?」
その反応はまるで、声をかけられて初めてこちらに気付いたかのようだった――激突した側の捨太郎は派手に転んでしまったというのに。この蜂矢魁にとっては、せいぜいそよ風に吹かれた程度の出来事だったのだろうか。
ともかく、眼鏡がないのでは何にもならない。ノートを大事に抱えたまま、片手だけで周囲を探る。
すると、大きな魁がヌッと目の前にしゃがみこんできた。
「……なんだ、よく見りゃポカポカじゃねぇか。なんでいきなり座ってんだ」
「いやなんでって、僕の不注意で……って。え、ポカポカ……? 今、ポカポカって言った? 何のこと?」
捨太郎は大いに困惑する。今日はこんな曇天だというのに、一体急にどういう話をしているのだろう。
なんとも頼りないぼやけた視界の中、傷だらけの魁は怪訝そうに首を傾げた。なんだ、どうしてわからないのだとばかりに、
「は? ポカポカつったら、お前のことだろ」
「ぼっ、僕ぅ? 僕が、ポカポカ?」
「だって昨日譲ってくれただろ、ポカポカの席を。だからお前はポカポカだ」
「あ、ああ……。でもえっと、もしや忘れている? 僕、五味捨太郎だ。ゴミ捨ててやろうって、わりかし覚えやすい名前だと思うけど……」
「知るか、お前はポカポカだ。眼鏡かけろ」
「は、はい」
いつの間に拾ったのか、ぐいと顔に押し付けられ視力が回復する。その無造作な仕草に反し、レンズが指紋で濁っているということはなかった。
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