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「避けなくて悪かったな。いろいろいすぎて、ポカポカが見えなかったんだ」
肘を掴まれて立ち上がった。何を言われたのかはまたよくわからなかったので、曖昧に笑んでありがとうとだけ返した。
辺りを見回す。前にも後ろにも人影はなく、ふたりきりである。
ちょうど森の中頃、左手に一層深い茂みのある場所だ。あの奥には「さきちが淵」があるはずだが、ここから認めることはできない。……
「ねえ蜂矢君、こんな何もないところで何していたの?」
「立ってた」
「立ってた。……そ、それだけ? なぜ?」
「……? 座るわけにもいかねぇだろ。お前くらいだ、座るのは」
「それは、うう、そうかもしれないが」
ノートを鞄に仕舞ってから、改めて尻回りを手で確かめた。破れてこそいないが、固形の泥を払ってみても、生地はしっとりと重いままだ。せっかく義理の両親が新調してくれたばかりの制服なのだが。
「蜂矢君は、裾とか大丈夫? 泥が跳ねていかなかった?」
「ああもうわかったよ、うるせぇな! ……学校行くぞ、ポカポカ」
「へっ? あ、うん……」
魁が急に乱暴な言葉を発したので、思わず全身の動きが止まってしまった。
しかし、次の瞬間には平然として「行くぞ」と言う。で、もう既に大きな背中を向けて歩き出しているけれど、捨太郎を気に入らないという雰囲気は微塵も漂ってこないのだ。
「……不思議な人だなぁ、蜂矢君って」
呟くと同時、校舎から振り鐘の音が聞こえてきた。ちっとも慌てない魁の体を押し上げるようにし、あたふた走っていく。
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