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本棚に追加 机の下で、捨太郎はただ息を詰めて聞いている。――
幼さゆえ、当時は全く意味のわからなかった話だ。ああ、そのせいで、ほとんど忘れたくらいに頭の奥へ仕舞い込まれていたのだ。けれど、夢という半無意識の状態下で、それはほぼ正確な形で解凍されることとなった。
今の捨太郎にはわかった。しかと理解でき、その分衝撃を受けた。
確かに、義陽は。いつも太陽の如き笑顔で、弱ったところなど決して見せず、家族に心配をかけるような振る舞いをしなかった。
……でも、決して楽観主義者だったわけではない。
しかと歴史を学んだからこそ、現代日本の大いなる過ちにも気が付いていた。確信していた、それによって擦り潰されるしかない自分の身の上も。
ああ、母にも。義陽がどういう息子であるのか、ちゃんと伝わっていた。
家族の誰も、彼の心配をしたことがなかった? 一度たりとも、一瞬たりとも?
そんなわけが……ないじゃないか。
――それでも、出征の日。
美しく、明るく、あれほど慕われた義陽なのに、誰にも見送られないまま発っていった。それはどうしてであったのか。
……戦況の悪化に伴い、いつしか出征兵士のためであっても、赤飯を炊くゆとりも失せていった。用意できる酒さえ碌になかった。
集落を上げて盛大に送り出した者達、知った顔の戦死の報が次々届くことで、人々は真意では深く沈み込んでいった。実際、出征の見送りもどんどん寂しいものに変わっていってしまった。
だから、だから。……きっと、そういう流れに従って、兄の時もそうなったのだと……いつの間にか思い込むようになっていたのかもしれない。
母が茶の間に下がっていく。
義陽は短く息を吐き、その場にしゃがみ込んだ。机の下で泣いている捨太郎を見つけ、「おお」と瞳を丸くする。
「どうしたのだ捨太郎。怖かったか? すまんな、すまなかった。ほら、おいで」
ああ――だめだ。
これは、違う。実際の過去とは違う。
本当は――あの時の捨太郎は、訳のわからない母子のやりとりに疲れきっていた。
机の下が暗かったのと、さっきまで分け与えられていた体温の温かさも手伝って、なんだか眠たいような気持ちになっていた。……
「……うう」
ひやりとした捨太郎の思いとは裏腹に――夢の中の幼子は、元の歴史通りの行動を取り始めた。すなわち……差し出された兄の手を無視し、抱えた膝に額を擦りつけて眠たがったのだ。
「……疲れたのだな。うむ、少し眠るといい」
鉛筆の鉛で黒く汚れた手。ゆっくりと引いていき、そして、すっと縦に伸ばされた二本の脚。
「元気でな」
慈しみに満ちた言葉を残し――。義陽は永久に牛島家を去っていった。

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