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「―廉二のやつ、この間確か歌舞伎を見に行ったとか言っていたな…」
「…あら、旦那様。若旦那さん方が来られるまで寝てらっしゃるんじゃなかったんですか?」
厨房で夕食の下拵えをしていたみどりは応接間の卓上に並べられた雑誌を一瞥して驚いた声を上げた。卓上には主人が定期的に購読している歌舞伎の機関誌が並べられていた。
「気が変わったんだ。息子達が来るというのに、当主の私がだらしなくしていては示しがつかんだろう?」
「…そんな事おっしゃって。本心はお二人が来られるのを心待ちにしてらっしゃるんじゃないですか?」
「う、うるさい…。いいから夕食の仕込みに戻りなさい」
「…すみません。あ、旦那様。余計なおせっかいかもしれませんけど、若い女性向けの洋装雑誌なんかがあるといいかもしれませんよ」
そう言うと、慌てて婦人向けの家庭雑誌を書棚から引っ張り出そうとしている家主の後ろ姿に笑いを堪えながらみどりは勝手口に戻った。
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