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「こ、ここですか?」
「―ああ。俺が生まれた家だ」
駅に到着してから待っていた人力車に乗って田園が続く調布の道を走った後、人夫さんが降ろしてくれたのは黒い塀で囲まれた、和洋折衷の造り家の前だった。
「わあ…」
敷地はかなり広く、庭に立派な桜の木が植えられている。
『鶴原』と流れるような字でしたためられた門前に自然と視線が向き、緊張が極限に達する。
鶴原さんが門扉を開けようと、戸に手をかけようとした。
「あ、あのっ…」
「ん?」
「……」
怪訝そうな顔で見つめてくる彼から思わず目を逸らす。ここまで来て気持ちが揺らいできそうだ。そんな私の気持ちを察したのか、鶴原さんが明るい声を出した。
「―大丈夫だ、ああ言ったが親父は何も取って食いやしないし、悪人じゃないよ。さ、入ろう」
そう言って、鶴原さんは音を立てて引き戸を引いた。
「―すみません、廉二です。椿さんをお連れしました」
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