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「――でも、誤解しないでね? 私は本当に――心から、貴方に愛情を抱いているのよ。貴方のことが好きなのよ、藍良さん。」
「……勿体なきお言葉、大変恐縮です」
まるで僕の心中を見透かしたように、念を押すように告げるお嬢様。……ほんと、僕なんかには勿体ない。それよりも、どうか――
「……すみません、お嬢様。もう一つだけ宜しいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。そもそも、わざわざ許可など得なくとも宜しいのに」
「……ありがとうございます。――僕は、お嬢様の御心のままに従います。これからもずっと。……なので、どうか……柑慈兄さんには……兄さんにだけは……」
「――ええ、分かってるわ。他の誰にもだけど、とりわけ彼にだけは絶対に隠し通すとここに誓う。絶対に、彼のことは傷つけないと約束するわ」
「……ありがとうございます、お嬢様」
そう、こちらを真っ直ぐに見つめ告げるお嬢様。まあ、念のため確認しておきたかっただけで、元よりその辺りはほとんど心配していない。約束通り、彼女は決して兄さんを傷付けることはないだろう。――僕が、彼女を拒絶しない限りは。
そっと、窓際へと視線を移す。すると、紫のクレマチスが僅かな隙間から白月の光に仄かに照らされ揺れている。それから、再び視線を戻すと――
「――っ!?」
――刹那、呼吸が止まる。不意に、彼女の唇が僕の唇を塞いだから。……疑う余地なんてまるでない――そんな確信を抱かせるに十分なほどの愛情がその柔らかな唇から伝わり、灼熱のごとく全身を駆け巡る。頭の先から爪先まで、僕を構成する全てを焼き切るような強烈な愛情に、僕は為すすべもなく身を委ね――
……抵抗なんて、するつもりはなかった。彼女の意のままに応じることが、唯一兄さんを傷付けずにすむ可能性に繋がることだと信じてたから。……だけど、ほんとは誰のためだったのだろう? 今となっては分からない。それでも、一つだけはっきりしているのは――
――もう、引き返せないということ。
それからややあって、唇を離しいったん僕を解放するお嬢様。その後、視線で僕をベッドへと誘う。そして、薄暗い部屋の中――可憐な少女は、無邪気な笑顔でゆっくりと口を開く。
「――それでは、始めましょうか。藍良さん?」
――あの頃の、あどけない笑顔のままで。
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