婚約者

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 ところで、彼女はいわゆる深窓の令嬢であり、本来であれば僕みたいな平凡な家庭の人間がお近づきになれるような人ではないのだけど―― 「――調子はどうかな、二人とも」 「あっ、兄さん。うん、順調だと思うよ」 「あら、藍良(あいら)さん。私に遠慮なさらず言いつけてくれていいのよ? 出来の悪い教え子でほとほと手を焼いていると」 「いえ、滅相もございませんお嬢様! 僕の教え方が未熟だったもので――」 「あら、勉強の進捗が芳しくないこと自体は否定なさらないのね?」 「あっ、いえその……」 「こらこら、紗霧(さぎり)さん。あまり弟を苛めないでほしいかな」 「あら、ちょっとした冗談よ柑慈(こうじ)さん。藍良さんったら、いつも真に受けてしまうので可愛らしくてつい」  たじたじになっている僕を見かねたのだろう、やんわりとお嬢様を窘めてくれる柑慈兄さん。すると彼女――紗霧お嬢様は、悪戯(いたずら)っぽく無邪気に微笑んでみせる。    そう、僕が彼女の家庭教師を務めることになったのは、兄さんがいるから。――紗霧お嬢様の婚約者である、柑慈兄さんがいるから。  
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