婚約者

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 そんな類稀なる逸材を逃すまいと、さっそくお父様は柑慈(こうじ)兄さんへと接触。そして、数学の才能だけでなく為人(ひととなり)においても申し分のないことに感嘆を受けたお父様は、ご息女――紗霧(さぎり)お嬢様との婚約を兄さんに願い出たとのこと。……それにしても、未だに存在するんだね。そんな許嫁みたいな風習。それと、この話だと僥倖だったのは、むしろ兄さんよりお父様の方だったのかも。  だけど、驚愕はそこに留まらない。天は二物を与えず、なんて慣用句があるけど……あれは存外正しいのかしれない。と言うのも、柑慈兄さんはその天賦の才能――もちろん、兄さん自身の努力を否定するものではないけど――ともかく、その才能と引き換えに、というわけでもないけど……生まれた時から重い病を患っていた。まだ高校生の当時でさえ、あと十年は生きられないとされていた重い病を。  そして、そんな大病を治す手術を受けるためには、僕らのような一般家庭ではまず捻出できうるはずもない莫大な金額が必要だった。きっと、僕なんかが一生涯汗水垂らして働いたところで雀の涙程度にしかならないほどの、莫大な金額が。  随分と回りくどくなってしまったけど、婚約の件以上の驚愕というのはまさにこの件で――お父様は、兄さんが婚約を承諾してくれるのなら、その途方もない費用を全て負担すると申し出て下さったのだ。お父様にとってその金額がどれほどの負担(もの)なのか、それは庶民たる僕には想像も及ばないけれど――それでも、つい最近知り合ったばかりの相手においそれと使用する額ではないだろう。つまり、それほどまでに兄さんに対し投資価値を置いているということ。  ――ともあれ、これで兄さんの病気も無事快復。それまでは思い描くことすら叶わなかった今後数十年の兄の未来を繋いでくれたお父様には、いくら感謝しても足りる気など全くしなくて。  
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