婚約者

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 ――ただ、それでも懸念が全くないかと言えばそんなこともなくて。 「……ところで、お嬢様は本当に良かったのですか? ああ、もちろん兄さんを否定してるわけではないですよ! ただ……婚約のお話は貴女でなくお父様がお決めになったことで……」 「……ふふっ、そんなに焦らなくても誤解なんてしないわ。貴方が柑慈(こうじ)さんをどれほど大切に思っているか――そんなの、今更疑いの余地もないわけだし」 「……それなら、良いのですが」  一人で勝手に狼狽える僕に対し、可笑しそうな微笑みを浮かべ告げるお嬢様。そう、いくらお父様に感謝を抱いているといっても、当の婚約相手であるお嬢様の心中を考慮しないわけにはいかない。兄さん自身、お父様に深謝を伝えつつも、お嬢様が抵抗を示すようなら婚約(この)話は承諾できないと伝えていたようだし。 「――以前にも言ったと思うけれど、確かに話を持ち掛けたのはお父様だけど、きちんと私の意向を尊重してくれたわ。決して、私の意に反して婚約させようなんてしなかった。だから、婚約(これ)はちゃんと私の意志で承諾したの。貴方も……いえ、貴方の方がよくよくご存知のように、柑慈(こうじ)さんはとっても知的で優しい人。すごく好感を持てる人だし、断る理由なんてなかったわ」 「……それなら、本当に良かったです」  そう、柔和な微笑を浮かべ話す紗霧(さぎり)お嬢様。間違いなく本心なのだろう。そんな彼女をじっと見つめながら、ズキリと胸を刺すような痛みを自覚しないわけにはいかなかった。
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