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隣では翔が静かな寝息をたてて、まだ眠っていた。
僕はあの時を思い出して、翔の髪にそっと触れた。
「ん…」
翔が身動きして、あわてて手を引っ込めた。
と同時に彼が目を覚ました。
「わっ」
僕は驚いて彼から離れた。
「…おはよ」
寝ぼけ眼で翔が言った。
「おはよう。ごめん、泊めてくれたんだな」
「ああ、だって慎、一人で歩けないんだもん。放っておけなくて」
「そんなに?悪い、全然覚えてなくて…」
「二日酔いになってる?何か食べる?」
「いや、あんまり…」
吐き気を催すほどではなかったけど、口の中にいろんな味や匂いが残ってるみたいで、ちょっと気持ちが悪かった。
酒くさい?
ちゃんと歯磨いてから寝たのかな…
翔はベッドから起き上がると、カーテンを開けた。
眩しい朝陽が一気に射し込んで、僕は反射的に額に手をかざした。さっきまでの淡い夢のような感覚から、完全に引き剥がされてしまって、僕はそっとため息をついた。
もう少し、思い出の余韻に浸っていたかった。
翔はキッチンへ向かった。
冷蔵庫から何か取り出すと僕に投げてよこした。
「それくらいなら飲めるでしょ」
野菜と果物のスムージーだった。
「ありがと。顔洗ってくる」
洗面所を借りて戻ってくると、翔は鍋を火にかけていた。いい匂いがしてきて、少しだけ空腹を感じた。
「まさか、慎に会えるとは思わなかったよ」
「僕も。でも、元気そうでよかった」
「慎もな」
翔は少年のようにはにかんだ笑顔になった。
あの日を思い出して、僕の心臓がドクンと鳴った。
どうしよう
僕まだこんなに翔が好きなんだ…
テーブルにふたり分の食器をならべて、翔が朝ごはんを用意してくれた。
「少しなら食べられそう?」
「…うん」
湯気が立つ器を挟んで向かい合った。
「いただきます」
「はい。どうぞ召し上がれ」
翔がおどけて言った。
鶏肉が少し入ったお粥は、薄味で食べやすかった。
「おいしい。料理とかするんだ」
「一人暮らし長いもん。慎はしないの?」
「うーん、たまにはするけど。こんなシチュエーションに合わせてとか無理」
「こんなん、全部鍋に入れるだけだよ」
翔は可笑しそうに笑った。
「今日は休みだろ。ゆっくりしてきなよ」
「えっ、悪いよ。何か予定があるんじゃないの」
「ないよ。この半年間、ずっと会社と家の往復だけ」
「休みの日は?」
「金曜日はたまに飲みに行って、あとは家で充電しておしまい」
「同じかぁ」
彼女は、いなさそうだけど…
「慎こそ週末に予定ないのか」
「ないない。全然縁もないし」
「そっか。俺もだな…」
翔がボソッと呟いた。
僕たちはそのあと黙々とお粥を食べた。
翔は学生時代も時々こんなふうに、黙りこんで静かになることがあったが、不思議と翔との沈黙は苦ではなかった。何か喋らなきゃと焦る必要がない関係は、僕にとってとても居心地がよかった。
しかし、昨夜はマシンガントークだったな
僕との再会を喜んでくれてるのか、終始ハイテンションで、翔はあっという間に僕を1年前に連れ戻してしまった。おかげで聞き役のこっちは、頷いてるうちに飲みすぎてしまったみたいだ。
彼のその笑顔を思い出して、僕は1人で笑いをかみ殺していた。
「ごちそうさま。おいしかった」
せめて食器を洗うくらい手伝おうかと、翔の分も一緒にキッチンに運んだ。
「いいよ、俺が後でやるから」
「このくらいなら出来るし、お礼と言ってはなんだけど」
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