思い出の還る場所

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「機械人間なんかと組む羽目になるとはな」 「要救助者が増えたせいです。あと、私は生体ボットであって、全てが無機物で造られているわけではありません」  しかめ面のロイを横目で見やり、落ち着き払った口調でDが返した。  小惑星での採掘からの帰り道、採掘船はSOS信号を受信した。発信源は廃棄されたコロニー。国際宇宙法の規定に則り、ザズとシグが救助に向かうも、交信を絶ち行方不明になった。交信を絶つ寸前、ザズが妙なことを口走っていた。――ここにいたのか、と。  コロニーに到着し、小型ポッドを港に固定すると、採掘船にいる船長が二人に地図を送った。 『二人の信号はコロニーのM区画にある施設内で消失した。地図でいうと、この辺りだ。直前のトラブルも気になる。気をつけろ』  眼前に現れた地図に赤い円が描かれる。ここから最奥の一番大きな区画だ。 『D、近くに生体反応はあるか?』 「……いいえ、ありません」  それはおかしい、とハンドガンを取り出してロイは思った。朽ちた屋根、崩れた壁、割れた窓や看板……。おおよそ人の住める場所ではないが、コロニーは今も稼働していて空気を循環させている。こんな場所には『放浪する者』が湧きやすい。どこかに隠れているのか?  宇宙服の酸素量節約のため、ロイはDに安全を確認させた後、ヘルメットのバイザーを上げた。思い切り深呼吸してみる。やや鉄くさい匂いがするが、悪くない。  M区画へ向かうと、巨大な長方形ブロックのような施設が現れた。崩壊した建物が多くある中、この窓の無い真白の施設は殆ど無傷で建っており、一種異様な雰囲気を漂わせている。 「とりあえず、危険は無いようです」  半開きのまま停止している自動ドアから顔を出してDが言った。 「船長、SOSはまだ発信されているか?」 『継続中だ。その施設内で何かが起きた』  入ってすぐに地下へ下りる階段を見つけた。ロイは手摺りに手を置き、 「俺は地下を見てみる。Dは、このまま一階を捜索しろ」 『ロイ、別行動は危険だ』 「一緒に行動したからといって安全とは限らないだろ。それに、二手に分かれた方が要救助者を早く発見できる。なぁ、そう思わないか、D?」 「位置情報を常に共有するなら、こちらは構いません」  淡々としたDの返事に、船長は大きな溜息をついた。  地下は薄暗いものの、ほのかな赤い光に満ちていた。少しだけ空気の匂いが気になるが、空調が劣化しているせいだろう、とロイは船長に報告しなかった。 『そんなにDが嫌いか? 生体ボットに生理的嫌悪を抱くのはわかるが、お前のは少し異常だぞ?』  この手の質問をはぐらかすと、後々面倒なことになる。ロイは正直に答えた。 「目だよ。あの澄みきった目が嫌なんだ。それより、このコロニーは何年前に廃棄されたんだ?」 『五十基準年前あたりには人がいなくなっていたようだ』 「五十? そんな前から? それなのに、ここは放置されたままなのか」 『拠り所とする者がいるからでしょう。実質、放浪する者達の収容所となっているコロニーはたくさんあります』  会話を聞いていたDに口を挟まれ、ロイは少し苛立った。 「あぁ、そうだな。そのとおりだ。じゃあ、どうしてここには誰もいない? 重力も空気も正常なのに」 『誰も、ではありません。SOS信号を発した者がいます』 『ひょっとしたら、そいつは不時着でもして帰れなくなったのかもな。あーあ、俺も早く自分の星に帰りてぇよ』  自分の星か。そんなもの、俺にはもう無い。 「D、お前にも船長みたいに帰りたいと思う故郷はあるのか?」  ふと訊いてみたくなった。数秒後、返答があった。 『製造工場がそれに該当するのかわかりませんが、少なくとも帰りたいとは思いません』 「じゃあ、この仕事を終えたらどこへ?」 『次の雇用主の船に乗ります』  なるほど、さすがは戦闘特化型生体ボット。労働者兼用心棒は引く手数多だ。ただの人間である自分は、地道に伝手を辿って次の職にありつくしかない。ロイは一人、苦笑いを浮かべた。  資料室、休憩所、と調べ、食堂に足を踏み入れた時、Dの緊張感に満ちた声が耳に響いた。 『船長、シグが胸を撃たれて死んでいます』 『くそ! ザズは? ザズも死んだのか?』 「船長、ザズならここにいる」  唾を飲み込み、ロイは食堂に広がるおぞましい光景を睨みつけた。荒廃した室内で、宇宙服を着たザズが子供型と女性型のボットと食卓を囲んで談笑している。皿に載っているのは昆虫や死んだネズミだ。 「ザズ、何をしている?」 「あぁ、ロイか。紹介するよ、俺の家族だ」  ロイが恐る恐る声をかけると、ザズは満面の笑みを浮かべて振り返った。 「家族? いや、そんなことより、上の階でシグが死んでいる。誰にやられた?」 「可愛いだろう? この子はな、今年で六歳になるんだ。ほら、挨拶しなさい」  子供型ボットがこちらに視線を向けた。造られた光を放つ、死んだ目。耳元で船長が『短気になるな』と警告したが、構わずロイはボットを撃った。頭と胸を撃ち抜かれた子供型ボットが無言で床に落ちる。それを見て激昂したザズにハンドガンで反撃されたが、ロイは咄嗟に身を翻して廊下に転がり出た。数発の弾丸がヘルメットを掠める。 『指示を聞け! 馬鹿が!』 「仕方ないだろ! あれでは話にならん!」 『とにかく逃げろ! Dが来るまでどこかに隠れるんだ!』  船長の言葉は癪だったが、その通りだった。Dの助けがなければ、ここは切り抜けられない。ロイは走り、一番奥の部屋に逃げ込んだ。むせ返るような甘い匂いと死体の山に顔をしかめる。 「船長、見えるか?」 『あぁ……。一体、これは……』 「ロイ」  背後から女の声がして振り返った。美しい女がいる。かつて愛した女が。 「レーナ……。どうして、生きているんだ?」  かすれた声で呟いて、ロイは女の細い首に手をかけた。そのまま押し倒して馬乗りになる。途端に懐かしい我が家が目の前に現れた。クリーム色の壁、レースのカーテン、柔らかなベッド。ここで俺は彼女の首を絞めた。  船長の喚き声がうるさくて交信を切る。レーナは、悲鳴もあげずに澄みきった目でロイを見つめていた。 「やめてくれ、レーナ。そんな目で俺を見るな……」  気付くと涙が溢れていた。レーナの白い手が伸び、ロイの頬を撫でる。直後に、形勢は逆転した。女とは思えない力で押し返され、今度はレーナが馬乗りになった。首を絞められたが、ロイは抵抗しなかった。レーナと女性型ボットの顔が重なって見える。それでもいい、とロイが目を閉じかけたその時、数発の銃声が鳴り、弾けるように体を踊らせたレーナが倒れ込んだ。呆然と天井を仰ぐロイの視界に、バイザーを下ろしたヘルメットがヒョイと現れる。Dだ。 「ロイ、生きてますか? すぐにバイザーを下ろしてください。ここの空気は危険です」  Dの手を借りてロイは立ち上がり、バイザーを下ろして酸素を吸った。目眩と動悸が治まらない。慎重に呼吸しながら、倒れたレーナを見下ろす。が、そこにいたのは愛した女ではなく、銃撃を受けて壊れた女性型ボットだった。 「ここはコントロールルームのようですね。ちょうどいい」  言って、Dは死体の山を無視して巨大なコンソールの前に立った。操作をしながら、 「ザズは気絶させて拘束しておきました。後でシグと共に回収しましょう。……ふむ。ロイ、知ってますか? ザズは事故で妻子を亡くしているんです」  その言葉にロイは顔を上げた。 「家族のもとに帰りたい気持ちを基幹システムにつけ込まれたのでしょう。おそらく、シグは彼を止めたのでしょうが……、あんなことに」 「基幹システム?」 「はい。正確に言えば、システムのAIです。……あぁ、やはり。SOSを出していたのは、コレですね。少し待って下さい。大人しくさせます」  全てを終え、Dは振り返った。 「自己破壊プログラムを流しました。しばらくすれば、コロニーの全機能が停止します」 「コロニーが助けを求めていたのに、壊すのか?」 「あのSOSは人間を呼び込むための餌です。この辺りに漂う甘い匂いは、幻覚剤の匂いでしょう。そうやって過去を利用し、住人を増やそうとした。まぁ、人間は思い出だけでは生きていけないので無理な話ですが」  ロイは軽く鼻で笑った。 「機械人間が、わかったようなことを言う」 「あなたも過去を利用されましたね。ザズと同じく、ボットが家族に見えましたか?」 「相手がボットだとわかっていた。それでもいいと、思った」  幻覚剤には自白剤の成分も混ざっていたのか、ロイは黙っていられなかった。 「俺は妻を殺した。妻は身体が水になって溶けていく病気に罹ったんだ。それで、『人間でいるうちに死にたい』と頼まれた。逮捕されて裁かれたが、足りるわけがない。だからといって、自分で死ぬ覚悟も無い。終わっているんだよ、俺は」 「聞いたことがあります。その星以外での発症事例は無く、星は丸ごと封鎖されて現在は研究機関の管理下になっている、と。ロイ、あなたも帰る場所が無かったのですね」 「一緒にするな。俺の帰る場所はレーナだ。レーナに裁かれたかった。それを、お前が邪魔した」 「死者は断罪なんてできませんよ。生者を裁けるのは、いつだって生者だけです」  澄みきった目で見つめられ、ロイは皮肉に口元を歪めたが反論はしなかった。 「ところで、ロイ。船長が交信を戻せと」 「あぁ……、忘れてたな」  怒鳴られると思っていたが、意外にも船長の言葉は優しかった。 『早く帰ってこい。詳しいことは後で聞く』  小型ポッドに乗り込み、ロイは後部座席に乗せたザズとシグを見た。仲間を殺したザズにはこれから絶望が待っている。 「しばらくの間、ザズの側にいようと思う。空っぽの死に損ないだが、誰もいないよりはマシだろう」  すると、Dは小さく頷いて言った。 「あなたは何も失っていませんよ。望郷は生者に与えられた特権です。懐かしむ者がいなくなっては、故郷も寂しがるでしょう。そう思いませんか、ロイ?」 〈了〉
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