君がすべて

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 生温い風の吹く春。  桃色の桜の花びらが風に舞う季節に、花びらが舞うような軽やかな声で話しかけられた。 「きったねぇ字だな」  そう言われた瞬間、ドキンとして胸が破裂するかと思った。思わず隣の席の彼を見つめる。攻撃的な言葉を投げかけた主である。  高校三年間で初めて同じクラスになり、初めて隣の席になった彼は、武中紺(たけなかこん)といった。  武中は小柄で猫っ毛の茶髪、かわいらしい弟的なイメージで女子に人気。そんな彼から初めて話しかけられた言葉が俺への痛烈な批判だった。  だがこちらとしても、字に関しては反論の余地がない。子どものころから字はものすごく下手で、高校生になってからもあのミミズみたいな字に変化はなく、自分でさえ読めないことが多々あった。  解読不能なノートの意味とは……自分のノートを眺めて何度そんなことを思ったかはもう覚えていない。  理系だから仕方ないかな、理系って字が汚い人が多い気がするし、なんて思ってはみたものの、ちゃんと統計を見たわけでないから完全な偏見である。  今まで家族以外に注意されたこともなかった。それなりの容姿をして、それなりの優等生を維持しているせいか、字が汚いくらいでは注意しづらいのかもしれない。  だが武中は違った。迷うことなく、俺の字を見た瞬間に汚い字だと言い放った。
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