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 道端にたんぽぽが咲いている。佐藤江里菜(さとうえりな)は電車で二十分の勤め先に行くため、アパートから駅へ徒歩で向かっている最中だ。駅までは徒歩五分。細い道は左手が住宅街になっていて右手がフェンス越しに町工場の敷地になっている。そのフェンスの下にたんぽぽが群生しているのだ。  江里菜は足早に駅に向かった。電車は十分に一本出ているが乗り遅れると乗り換えで待たされて遅刻ぎりぎりになってしまう。去年の四月から派遣社員で雇われた身としては遅刻や欠勤はしたくない。  前から男性が歩いてきた。駅の方角から来ているので夜勤明けだろう。江里菜は不眠症で睡眠薬を飲んでいるので自分には夜勤はできないと思う。睡眠薬だって軽い精神安定薬ではなく、医師に言わせれば気絶レベルだ。  男性はポロシャツにスラックスだ。これからご飯を食べて寝るのだろうか。こんないい天気に眠れることが羨ましい。夜勤明けというのはあくまで想像なのだが疲れた顔はどうしてもそう見えてしまう。歳は三十から四十半ばくらい。江里菜とそう変わらないように思える。江里菜は三十三歳だ。三十歳のときに結婚して田舎暮らしをしていたが転職を機に単身赴任することになった。夫と離れて暮らすのは寂しいが独り暮らしを堪能している。
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