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少なくとも、幸福な人生を歩んできたと思う。
二人の両親と一つ下の弟がいて、学校でも話しかけてくれる友達に恵まれて、私が成長することを自分の幸せの様に受け取ってくれる人間がいる。
第一志望の高校に合格した時も、私の何十倍も喜んでくれて、
「ありがとう」
と言ってくれた。しかし、何故「おめでとう」ではなく「ありがとう」なのか。私は何処か心に引っかかるものを感じた。だから考えてきた。
──私は全てを喪う前に、全てを手に入れる事が出来た。だから、ただ漠然とそう思った。そして、手に入れた幸福が崩れる日が何時来るのか、私には分からない。
掛けがえのない家族。平穏な日々。光が見える未来。
だから、全力で、全力で、全力で走り抜けた。其れだけが、私が私で在る為に必要な使命だと信じて。
波間に砂が舞う。翠玉が溶けた様に透き通った溟海。足跡にヤドカリが這う。乾いた木片が風で飛ぶ。
真夏の深夜。照らすのは神々しい月光。か弱い足跡が押し寄せる波に攫われ、夜に滲んだ海面に泡沫が息吹く。空に伸びる手。
たった今、不幸になれた。すっごく、すっごく嬉しかった。
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