1章

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1章

「――この度はうちの学生が、誠に申し訳ありませんでした」  大学の担任である江原教授が病院にまで俺を迎えにきた。 「……今泉くんの実習継続は、大変厳しいかと思います。四年生の夏であるにも関わらず、知識が臨床実習レベルに達していません。こちらが出す課題にも、十分な出来では持ってこられていない状況です。礼儀とやる気はあるように感じられましたので、担当患者は任せず二週間、様子を見ながら指導を継続しておりましたが……。今回の患者さんへの暴言問題で、患者さんにもスタッフにも、不信感を与えてしまいましたので」 「……はい。大変、申し訳なく思っております」  俺がしでかしたことで、菓子折を手土産に、面談室でペコペコと頭を下げている。  五〇歳ぐらいの江原教授からすると、一回り以上も年下であるはずのケースバイザーに頭を下げるのは屈辱的なはずなのに……。  自分のしたことが人間として間違っていたとは、未だに思えない。  患者と学生という関係だろうと、暴言や暴力を振るって良い理由にはならないはずだから。カッとなって、つい荒い言葉で言い返したのは良くなかったなと思うぐらいだ。  それでも、江原先生にこうして頭を下げさせてしまっていることは、心から申し訳なく思う。  騒ぎを起こした当人であるはずの俺は、同席はしているものの会話に入る許可が出ていない。まるで裁判の被告人かのように、指示があるまで口を開くことは出来ない。  口を開こうとすれば江原先生にも、ケースバイザーの先生からも、黙っていろという目で睨まれるからだ。 「聞けば、今泉くんの学力は学年最下位レベルらしいじゃないですか。その上、患者さんにあのような態度を取られては……。実習受け入れ先としては困ります」 「昴の――今泉くんの学力に関しては、学年最下位とは言えど、四年生までストレートで上がってきていますから。……とは言え、最も大切な患者さんへ寄り添う姿勢を見せず、暴言を吐いたことは誠に申し訳ありません」 「私に謝罪されましても……。すいませんが、上からも正式に言われましたので……。残念ですが、今泉くんの実習をウチの病院で続ける訳にはいきません」 「はい。それはもう、やむを得ないことかと……。この度は本当に、申し訳ございませんでした」 「……すいませんでした」  俺がキレたせいで、方々に迷惑をかけたことに対しての謝罪だ。  断じて、暴言や暴力に対し、言い返したことへの謝罪ではない。  頭を下げる俺と江原先生を置いて、ケースバイザーの先生は退室していく。  江原先生は床に置いていた荷物を手に取り――。 「昴、荷物を持って帰る準備をしろ。大学でちゃんと話しをしよう」 「……はい」  背中をポンと軽く叩かれ、俺はロッカールームへ荷物を取りに向かう。  二ヶ月が予定されていた臨床実習の、僅か二週間目にして……実習中止になってしまった。  病院から先生が運転してくれる車で大学へと向かうそうだ。  車内は気まずい沈黙が流れ、俺は息を殺して小さくため息をつく。  大学に到着するまで、俺たちは車内で一声も発することはなかった――。
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