「落としましたよ」

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 落とし物?  昨日、あの女子高生が発した、たった一言。 『落としましたよ』  そう。確かにそう言った。  低い……地獄の底から響くような声で。 「責任感の強い子だったそうでね……。拾ったものを、持ち主に返せないままだったことが、心残りになっていなければいいけど。――あっ、急にごめんなさいね、お邪魔しちゃったわね」  女性は犬に引っ張られて、歩いて行ってしまった。  心愛は声も出せずにその後ろ姿を見て……供え物から顔を逸らして立ち上がった。  違うから。  それは、あたしのじゃない。  あたしのパスケースじゃないから!  その場から逃げ出すように、心愛は自宅に向かって走り出した。  間違って受け取っただけで、あたしのじゃない! あたしのじゃない!  心の中で叫んで、背中に纏わりつくような重い気配を振り切ろうとする。  出勤中のサラリーマンのバッグに体が当たり、白い目で見られたが、それどころではなかった。
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