私の前では夫はいつも不機嫌

2/88
498人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
「やっぱりまゆだ。さっき一華ちゃんの姿を見掛けてね。あれ、どうしたんだろって不思議に思って。どうしたのその怪我……」 「南先輩、実は信号待ちをしていたら車にぶつけられて」 「マジか。康介は?」 「えっと、それは……」 彼女は南原麻季さん。私と康介が入社したときに教育係をしてくれた五歳年上の先輩で社長の娘だ。 結婚式のとき仲人をしてくれた。 彼女は今、彼の上司で常務取締役をしている。 南先輩とは今でも家族ぐるみで仲良くさせてもらっている。でも康介だけは、なんで会社以外でも上司に会わないといけないんだよ、仲良くしなきゃならないんだよ。そう言って距離を取っている。 「南先輩、康介は………」 一度は止まったはずなのに。涙が次から次に溢れてきた。 「何かあったんだね?」 頷くだけで精一杯だった。 「美咲、一華ちゃんを廊下に連れて行って。お父さんにスズヤパン店の社長夫妻の相手をしてて頼んでくれない?」 「分かった。一華ちゃん、おいで」 美咲ちゃんは南先輩の長女だ。一華と同い年で大の仲良しだ。優大(まさひろ)さんは南先輩のご主人だ。 「お腹空いてない?空いてるよね?クッキーをもらったの。一緒に食べて待ってよう」 「うん」 美咲ちゃんが一華を連れていってくれた。 「ゆっくりでいいから何があったか話してくれない?」 南先輩に今日あったことを包み隠さず全部話した。 自分の血がベッタリとついた緑色のプリントと、スマホの写真を南先輩に見せた。 「去年だっけ?康介、女性シンガーソングライターの追っかけして半年で140万散財して、借金までして推し活してえらい騒ぎになったよね?まゆが離婚するって騒いで、康介の両親が借金を肩代わりして息子を改心させると約束して。それからは大人しくしてたの?」 「これからは小遣いの範囲内で推し活するから今回だけは大目に見てくれって泣いて謝られて……」 「そうか、なるほどね。この女、どっかで見たことがあるんだよね。まゆと一華ちゃんがいるのに何をしてんだか。ここ二ヶ月会社が忙しくて毎日残業、休日返上だったからね。昨日と今日は家族サービスディーで会社自体休みにして三連休にしたのよ」 「え?昨日も休みだったんですか?」 寝耳に水だった。 昨日の朝康介は今日も残業だから夕飯はいらないと言っていた。私のほうが先に家を出る。一華が登校する朝七時半に弁当を持って康介も一緒に家を出た。帰宅したのは夜の十時半だった。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!