五 警部補参上

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五 警部補参上

 俺の『虫の報せ』は当たってしまった。  失せ物探しだとばかり思っていたのに、とんでもない展開にうんざりする。いや、実はこういうことはよくあるのだ。  だから困る。  なぜか、坊ちゃんにはややこしい災ごとを引き付ける何かがあるらしい。そして坊ちゃんもそれを愉しんでいる節が…… 「なんだかねえ、この殺し、奇妙な念を感じるんだよね。ただの恨みではないような」  ほら、さっそく始まった。 「やはり怨恨が理由の凶行でしょうか」  菱屋も菱屋だ。なんで子供の言うことを真に受けて喰いつくかなぁ。 「財布や金子が盗られていないか確かめられれば良いのですが、ポリスが来るまで死体は動かさない方が良いでしょうし」  人が一人殺されて、しかも残虐な手口なうえ、その賊はまだ近くにいるかもしれないというのに!  まるで危機感のない坊ちゃんと、それを煽る菱屋に腹が立つ。 「当たり前でしょ、何を馬鹿なことを!」  声を荒げて抗議しても、坊ちゃんは首を傾げ、意にも介さない様子で顎に人差し指を当てた。 「だがな、三四郎、よく見てごらん。喉を一突きだよ。しかも確実に急所だとわかる場所だ。狙い定めたように。それなのに、目ん玉を刺した時はためらい傷と言うか、刺し仕損じた傷が二か所。これって、明らか素人のやり口だと思わないか。もし素人の仕業だとしたら、計画ありきの仕事じゃないかな。だから最初の刺し傷には迷いがなかった」 「おいおい、何を勝手に、推理をおっぱじめてやがる」  突然、割って入った野太い声に、泣いていた豆千代含め、全員が振り返った。  すぐ背後に、太い眉の下の炯眼(けいがん)が坊ちゃんを見下ろしていた。 「ポリスさん!」  警官は菱屋の呼びかけに、眉一つ動かさず目玉だけを菱屋に向けた。 「今は巡査だ。ついでに言っておくが、俺は警部補だ」  たっぱのある偉丈夫だった。俺もでかい方だが、こいつも劣らず立派な体をしている。  おまけにくっきりとした目鼻立ちの精悍な顔立ちで、金釦の詰襟が異人並みに似合っていた。  『ポリス』と呼ばれ棍棒を腰に下げていた邏卒(らそつ)は、昨年、東京警視庁の設立と共に巡査と改称され、棍棒ではなくサーベルを携帯していた。  下働きの男が連れて来た巡査はこの警部補を含め三人。そのうちの一人はすぐに厠の中を覗き込んで検視を始めた。 「警部補、凶器となった得物がありませんね」  厠の中から声がした。 「もっとよく探してから報告しろ。厠の裏から庭の隅まで」 「いや、こういう場合、糞尿の中に放り込むでしょう。それとも警部補が下肥をさらって調べてくれますか」  部下の言葉に、警部補の眉間に皺が寄る。 「勘弁してくれ。ああ、屋敷の検分の前に他の客を帰さぬよう、門と勝手口を封鎖しろ。裏の木戸も忘れるな。その後、野口は聞き込みを頼む。それで菱屋、見つけた時の状況を詳しく聴かせてもらいたい。話をできそうな部屋を用意しろ。この娘が最初に死体を見つけたのだな」  俺たちの背後に立ちはだかった警部補は、検視していた巡査の言葉を適当にあしらうと、手際よく指示を出し、最後に豆千代を見下ろした。
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