三十 おミネさん

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「娼妓屋のやり手(ばば)がなんでこんな所にきた」  この中では菱屋が一番、彼女のことを知っていそうではあるが、その聞き方はどうかと思う。これじゃあ、まるで尋問じゃねえか。 「もしや、ここで殺された小林とも何か繋がりがあったというのではあるまいな」  だが菱屋は臆することなく、実に明快な答えを提供してくれた。 「おミネさんですか……。春木屋の旦那さんが女将さんと離縁して店を引き継いだ後、おミネさんが旦那さんの片腕として店を取り仕切っていますので、うちにも仕事のことで時々いらしていたんです。それと、実はここで殺された小林様は芸者遊びだけでなく、春木屋の花魁を呼んでお泊りをすることもありまして、その関係でおミネさんとお知り合いだった可能性はあります」  貸座敷を使う客が芸娼妓を呼ぶ時は、座敷から芸娼妓の登録をしている各見番(けんばん)を通じて、芸者置屋や娼妓屋へと注文が通されるのだが、春木屋では未だ見世(みせ)から直接貸座敷へと遊女を連れ込む慣習が残っているようだ。  菱屋の話が正しけりゃ、小林が春木屋のおミネと知り合いだったということは、春木屋の見世で遊女を買っていたということになる。それも菱屋の亭主が『花魁』などと言うくらいだ。余程の売れっ子を買っていたに違えねえ。 「……なるほどな。春木屋の亭主を呼び出し、小林との関係を聞き出せ。ついでに小林の支払いに滞りがないかも調べておけ」  藤田が近くを通りがかった部下に指示するのを見て、坊ちゃんが「ふーん」という相槌をうった。 「小林さんが支払いを踏み倒そうとしたって線で調べる気なんだ」 「文句あるか」  乱暴な返しをする藤田に、坊ちゃんが異論を唱えた。 「その調べに何の意味があるのかなってさ。それって、まるで藤田さんの中でミネさんが小林さんを殺したと疑っているってことなのかな」 「あくまでも可能性を疑っているだけだ。やり手婆が使っているかんざしと小林殺しに使われたかんざしが同じ。さらに小林が殺された厠でやり手婆が首を吊った。しかも、小林とやり手婆は顔見知りであり、小林が殺された日にこの女もここへ来ている。……つまり、この女が小林を殺したと考えると無理がない」 「でも殺してしまったら金を回収できないじゃないか。そうなると、おミネさんに小林さんを殺す理由がない」 「あくまでも仮定だ。遊女絡みのもめ事があったかもしれん。だが金が一番殺しの要因になりえるから言ったまでだ」  あーあ、またもや子ども相手に熱くなってやがる。坊ちゃんも坊ちゃんだ。そんなに、おミネさんの肩を持ってどうするってのかね。  俺は口を挟まねえよ。好きに言い合ってくれ。  と、そこへ、おずおずと菱屋が口をはさんだ。 「あのぉ、実は……もめ事がないとは言い切れないのです。言いそびれていましたが、おミネさんと小林様が言い争っているのを聞いたのは一度や二度ではなく……」  それを聞いた藤田が目を細め、何を思ったのか口をつぐんだ。
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