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三十三 坊ちゃんの確信
数日後の夕刻、行商を終えて帰って来ると、店先の長椅子に不機嫌な顔で座っている藤田がいた。
店の棚に飾られた投げ入れは、楓から錦木へと変わっている。黒釉の壺の下には一円札が畳まれている。
「どういうことなんですかい」
無礼だとは思ったが、挨拶もそこそこに問い詰めてやった。だってよ、紙幣が畳んであるということは、坊ちゃんの神通力を使ってみようと目論んでいるってことだろ。
「春木屋のやり手婆の死体。俺もあれを自殺だと思えなくてな」
俺はこの間豆千代とかわした会話を思い出す。
「結局警視庁は、自殺だと決めたのか」
「いや、ミネの死が自殺だとはまだ決めかねてはいる。だが、小林を殺したのは概ねミネであるというのは決定したようなものだ」
「その根拠は?」
あんな状況だけでは、ミネを人殺しだと決めつけるための証拠が乏しいように思える。
「ミネと小林を繋ぐ接点が見つかった。小林はミネに女を買う金とは別で、金を渡していることが調べでわかったのだ。実際、ミネと小林が揉めているのを菱屋の亭主も目撃している。ただ、春木の亭主は、それでミネが小林氏を殺すなどということはありえないと、真っ向から反論している」
「そうだろうとも。だってよ、その説で通すなら、ミネが小林に殺されそうなものなのに、逆じゃねえか」
「確かにそうだが、しかし、もう金を払わねえと言われた、あるいは小林に何か弱みを握られちまった……ということも考えられる。どちらにせよ、二人の間に諍いがあったのは確かだ。とにかく、そういうことで、上の人間は小林殺しについて、ほぼミネの仕業だと決めつけているってぇわけだ。先刻、その話をしたら、こいつがすっきりと事件を解決してやると言いやがったのさ。で、この時刻を指定して、俺をここに呼び出したというわけだ」
顎で坊ちゃんを指した。
坊ちゃんは「ただいま」を言わなかった俺に「おかえり」を言いそびれたというような顔で、頬杖を突いた状態のまま、俺を見ていた。
「僕が睨んでいた厠殺人の黒幕が、この藤田さんの話ではっきりしたってだけさ。第一、藤田さんもおミネさんの死には疑問を抱いているんだろう。かといって、上が一旦咎人を決定してしまったら、それを覆すのは難しいから困っている」
(だからって、坊ちゃんに殺人の真相を探らせようってのか)
しかし、追加で頼むということは、前回の紙幣の分の働きは、あれで満足したということになる。辻斬りの件に関しては、俺は何ともすっきりしない顛末だと感じていたのに。
(だが藤田さんは辻斬りを、大石鍬次郎の蟲が起こしたと認めたってぇことだ)
だとしても結局、大石の蟲は逃げた。三井の体を捕まえることはできたが、中身は空っぽになっていたのだから。
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