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坊ちゃん曰く、『他人の蟲に乗っ取られた人間の魂は、主導権が入れ替わり、あの状況だと三井は死んでもおかしくない』らしい。
それなのに三井が生きているのは、大石の蟲は三井の蟲を『敢えて』殺さなかったということなのだと言っていた。もはや生気を吸い取られ、動くことすらできなくなってしまった死にかけの魂で、三井は生きながら極刑の恐怖だけを突き付けられている状態だという。
「僕が思うに、多分、三井さんの記憶は失われてなどいない。彼には、自分の力で意志を表すほどの生気が残されていないだけだ」
ぞっとした。
つまり、大石鍬次郎はまんまと復讐を成し遂げたということだ。これを解決と呼んでいいはずなどない。
「で、藤田さんは此度の件も、『魂の蟲』が絡んでいると思ってなさるのですかい」
「そういうことではない。ただ単に、てめえんとこの店主の洞察力が頼りになると判断したまでだ。そこへ来て、殺人者の色を見分けられるとなりゃあ、無実の罪を誰かに被せるってえ過ちを犯さなくて済む。それが死人だとしてもだ」
「俺はこれ以上……」
そこまで言いかけて坊ちゃんを見ると、不機嫌な顔で睨んでいるのだから、つい続けようとした小言は唾と一緒に飲み込む。
「で、坊ちゃんはどうするおつもりで」
「今から菱屋へ行くんだ。次の殺人を止めるためにね」
頬杖をついたまま、横柄な態度で命じるが、さらりと、とんでもねえことを言ったよな。
「次ですって?」
声を上げた俺に、さらりと続けた。
「殺した側も、まだ全部をやり遂げていないからさ。そいつの目的までは見えないが、まだ怪しい動きは続いているんだ」
藤田が神妙な顔で確認する。
「その勘は当てになるのか」
それに対し、自信たっぷりに答えた。
「なるさ」
その自信は、神通力なのか……それともただの推察なのか。
「いったい何か根拠でもありなさるのかい」
「伊勢屋さんの証文箱だよ」
返ってきたのは、『念の色』だとか『魂の蟲』といった神通力絡みの話ではなく、至極具体的な答えであった。
「伊勢屋さんの?」
あの失くしていたという証文箱のことなのか。
「とにかく、お前が行きたくないと言うのなら来なくていい。警部補と二人で行くから」
根拠を求めたということは、俺が坊ちゃんの洞察を疑ったのも同然で、それに対し坊ちゃんは、冷ややかな拒絶で俺を罰した。
「行きますよ! 行かないわけないでしょうが」
慌てて反論し、「すぐに支度をするから」と釘を刺し、服を着替えるために二階へと駆け上がった。
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