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新宿駅前の日本で最高の「ビル」
その天をも貫くように高くそびえ立った「ビル」は、東京中、いや日本中の話題をさらっていた。
それもそのはず。新宿駅東口の目の前に、浅草のスカイツリーを超える巨大なビルが建設中なのだ。だが、その姿はメッシュのシートに覆われて今は見ることができない。
その高さ、645メートル。634メートルのスカイツリーを上回る日本一の高さだ。
最上階は、灰色の厚い雲に阻まれて、霞んで見える。空は、今にも泣き出しそうな暗い表情で、新宿上空を覆っている。
新宿駅東口の改札を抜けた若い制服姿の男女が、それの圧迫感のある楼閣を仰ぎ見ている。通行人が、ひっきりなしに目の前を通り過ぎる。
「もうすぐ完成なんだってね…」
都立高校2年の伊達絵里梨果は、同級生の新堂翔吾左隣で、背中を大きく反り返らせて、頚椎を限界までのけぞらせて、果てしない灰色一色の空に突っ込んでいるてっぺんに視線を送った後、
「はぁ」
と、大きくため息をついた。
「……おい。なんだよ、『はぁ』って。新宿の新名所だろ? 日本一だろ? 楽しみじゃねえの?」
斬は、怪訝な顔をしてエリリカの横顔を眺めた。
「楽しみって。うちらJKにとって、何も関係ないじゃん。うちら、日当たり悪くなって困るだけなんだもん。私の心は、あの真っ黒な空みたいにどんよりしてるの」
エリリカは、その桃色の唇を、嘴のように尖らせた。
エリリカの自宅兼古武道道場「昇天館」は、新宿駅の東口にある古い一軒家だった。彼女は、その道場で連綿と伝承される古武道「破極流槍術」の一子相伝の継承者なのだ。
江戸時代から続くその古びた道場は、巨大ビルの影に、すっぽりと覆われて、ほとんど陽が当たらなくなると言う。
翔吾は、落ち込むエリリカに、肩をすくめた。
「はぁ。どっちみち、この都会の中じゃあ、日当たりなんてどうでもいいだろ」
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