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帰り道、母の声にいつもの棘が全くないことを、私はすぐに察知した。そんな些細な変化も、私の背中を押すのに充分だった。だって、あの子がついてるから。
「わたしもね、ピンクのおようふくをきたいの。はいいろとかあおとかじゃなくて」
「望美……」
母は目を丸くした。強く握った手を、自身のほうへ引き寄せた。
「だめよ、望美。他の子たちに流されちゃ。女の子だからって、ピンクに染まることはないのよ」
柔らかい声で言った。言うことを聞いてほしい、と母が切実に願っていることは、子供ながらわかった。母を困らせてはいけないことも。
けれど、私は。
「ちがうの。わたしは、ピンクがすきなの。ほんとにすきなの。あの子とおんなじなんだもん」
「……あの子? 同じ幼稚園の子?」
首をかしげる母を見て、はっと口を押さえた。言い淀んでいると、「わかった」と母が溜め息をついた。
「ピンクが好きだから、ピンクの服を着たいってことね。わかったわ」
「……おかあさん」
反対されるとばかり思っていた私は、多少は肩透かしを食らった。けれど、初めて母が私をちゃんと見てくれた気がした。
母も真紅の美しい唇を微笑ませた。
「望美がわがままを言うなんて初めてだったから、お母さんびっくりしたわよ」
歩きながらそんな会話をして、その日は私が前から気にしていた服屋で、ピンクのスカートを買ってくれた。
あの日以来、あの子には会えなくなってしまった。けれど、今日もどこかで私のことを見守ってくれているような気がした。道に迷っても大丈夫、と。
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