出会い

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出会い

「さぁ、乗って。足元に気を付けて!」  僕は努めて明るく妻のモリーに声をかけた。  モリーの表情は緊張で強張っている。毎月この産婦人科検診の日は口数も少ない。 『今度こそ大丈夫だよ』という言葉はかえって彼女を傷つけることを知ってから、僕は言葉を選ぶようになった。  不妊治療を始めて5年、モリーは年々焦りの色を濃くしている。   車のエンジンをかけようとして、僕は忘れ物に気づいた。 「しまった、キーを忘れて来たみたいだ。ちょっと待ってて」  モリーを車に残し、小走りにリビングへと戻る。キッチン横のキーボックスに手を伸ばした時、僕は視界の端になにか動くものを捕えた。 「虫でも入り込んだか? モリーが怖がらないように退治しておかなくっちゃ」  そばに置いてあった新聞を丸めながら対面式のキッチンカウンターを回り込み、忍び足でリビングへ踏み込む。 (えっ?)  僕は自分の目を疑った。
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