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「ああ、きちゃったのね。ま、それがいいのかも。気になったもの」
ブランコの前まで行くと、女の子が話しかけてきた。その子は、なめらかに立ち上がる。長いかみをツインテールにした、赤いワンピースに赤いサンダルの女の子だった。
「えぇと。さっきのなんだけど。ぼくにむけて声をかけたんだよね?」
「まぁ、そうね」
女の子がほほえんだ。なんだか大人っぽく見えた。
「なにに気をつけるの?」
「なんだと思う?」
言って、女の子は楽しそうな顔でぼくを見た。
「なんだろう。自転車にのっててよそ見をするな、とか?」
「ああ、思い当たるんだぁ? そうね。わたしに見入っていたものね」
「そんな、見入ったりはしてないから」
ちょっと、言いわけみたいになった。でも、本当に、そんなには見ていないはずだ。
「はいはい。でも、そのことじやないの」
女の子は少しわらって――それからしんけんな顔になった。
「あなた、気をつけないと。たまぁに見えたり、感じたりするだけみたいだもの」
「うん?」
なにを言ってるんだろう。よくわからないけど、気にかけてもらってる? わるい気はしない。だから……。
「ぼく、直太っていうんだ」
名のってみることにした。
「あら、そう。直太くんね。ふぅん、そう……」
女の子はなにやらふくんだえみをうかべる。そして、自分はいっこうに名のらない。べつに、ぜったいにそうしなきゃならないわけじゃないけれど。
「あの、名前は?」
しかたがないので、こちらから聞いてみる。
「あら。女の子の名前が気になるの?」
「いいや、べつに……。ただ、このままだと、――きみ、とかよばなきゃいけなくなるから」
「わたしは、直太に言われるぶんにはそれでかまわないけど」
「うわっと。あぁ……」
よびすてにされてしまった。もういいや。そんなに何度も会う子じゃないだろうし。
「それで、ぼくはなにに気をつければいいのかな?」
切りかえてたずねた。女の子は、わずかにくちびるをすぼめたように見えた。でも、それだけ。
「思い当たること、ない?」
「うぅん。べつに……」
口にしたとたん、女の子に思い切りためいきされた。
「たとえば、そうね。ふと手が止まった、とか。ない?」
「あっ」
思い当たった。らくがきちょうを買った時だ。一番上のをとろうとして、手が止まった。
「う、うん」
ぼくは自転車にもどり、買い物ぶくろををとってきた。
「か・く・に・ん」
女の子に言われ、らくがきちょうをふくろから出した。
「めくってみて。パラパラって」
「わ、わかった」
女の子に言われるまま、らくがきちょうをめくってみる。
――と。
ところどころに、らくがきがしてあった。かいぶつのらくがきで、どれもおなかがふくれている。
「なんだ、これ」
「それは――その。ガキ、ね」
「ガキ……」
「そう。今は絵だけど、いつはい出してもおかしくない。そんなもの持ち帰ったら、とんでもないことになる」
「だ、だれかのいたずらじゃないの?」
はい出すとか、やめてよ。なんでそんな話になるの。
「直太。あなたも、なにか感じたんじゃないの? だから、手が止まった。ちがう?」
「わからないよ。もしかすると、そうなのかもしれないけど。なに? 見てたの?」
あの時、下川商店には、ぼくと店番のおばぁちゃんしかいなかったはずだけど。
「見てたわけじゃないけどね。それぐらいはできたのかも、って思っただけ」
「う〜ん?」
じつは、かくれて見ていたとか? いやいや、考えるとこわいから。女の子のかんが当たったということにしておこう。
「あぁ。でも、どうしよう。これ……」
ガキ、とやらのらくがきを見る。
「わたしがなんとかしてあげる」
とくいそうに言いながら、女の子がポケットをまさぐった。ややあって、ん? と、首をひねる。あちこちさがして、ちょっとあわてた感じ。ツインテールが大きくゆれる。
「あ、あれっ? 切らしてたんだっけ? ねぇ、直太。ビー玉か、ガラスのおはじき持ってない?」
「そんなの、持ってないよ」
言っておいて、いちおう自分のポケットもさがしてみる。
う、ん?
手ごたえがあった。とり出してみると、下川商店でおばぁちゃんにもらったあめ玉だった。
「あるのはこれぐらいだけど」
と、あめ玉をさし出してみる。ぼくの手のなかのものを目にした女の子は、びみょうなわらいを見せた。
「ああ、それか。どうにかできそうだけど、ね。なんだか思い出すわ……」
言いながら、女の子はりょう手をさし出した。ぼくは、らくがきちょうとあめ玉をわたす。
女の子はあめ玉を口元によせ、なにごとかつぶやいた。
「お前たちを、このままにはできないの」
あめ玉のつつみ紙をあけ、なかのあめ玉をガキのらくがきにおしつける。女の子があめ玉をこねるように動かすと、らくがきがきえていく。それを、らくがきがあるだけ続けた。
イィィィィッ。ウィィィィッ。
多分、風の音だけれど。うめき声のようなものが耳に入ってくる。
白かったあめ玉は、黒くいびつになってしまった。
「ま、こんなものね」
女の子は、あめ玉をつつみ紙にもどした。それを、ぼくの前に持ってくる。
「これは、わたしがあずかっておくから。いいわね?」
女の子が見つめてくる。
「うん」
と、どうにかうなずいたぼく。
なんだかよくわからない、ふしぎなものを見てしまった。
女の子は、あめ玉をポケットにつっこんだ。
「気をつけて帰りなさい」
女の子は、ふわっとしたやさしい声で言った。らくがきちょうをわたしてくる。
「うん、ありがとう。それじゃぁね」
らくがきちょうを買い物ぶくろにていねいにもどし、ぼくは自転車にのって公園をはなれた。
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