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「こんにちは」
ふいに声がかかった。顔を上げると、水色のワンピースを着た女の人がいて、くっきりとわらっていた。ぼくよりもだいぶ年上のお姉さんだ。だんだん畑の、コンクリートの道からはなれたところでさぎょうしていたから、だれかに声をかけられるなんて思っていなかった。お姉さんは、わざわざあぜ道を歩いてぼくの近くまできたというわけ。
「なにをうえているのかな、って思って」
「きゅっ、きゅうりだよ」
なぜか早口になってしまった。
「やっぱり。そうだと思った」
お姉さんは、ぼくの手元をのぞきこんだ。そして、見回す。
「しっかりしたたなを組んでいるね。きみがやったの?」
「ううん。これは父さんが」
と、ぼくは、手をはたきながら立ち上がる。
しっかりしたたな、か。
そうなんだ。急いで作ったはずなのに、あんがいしっかり作ってるんだ。なんだかくやしいけど、すごいな、って思う。
「そう、お父さんが、ね。――あれっ?」
お姉さんがぼくの顔をじっと見てくる。
「お父さんって、もしかして元男さん? それじゃ、きみは直太くんだ」
父さんの名前はたしかに元男。で、ぼくはもちろん直太。
父さんの知り合いなのかな? うなずいておく。
「やっぱりね。目がそっくりだもの」
父さんと目がそっくり? どうなのかな? 自分ではあまり気にしたことがないけれど。たまにいるんだよね、そう言う人。
「それで、元男さんは?」
どうしてだか、お姉さんはおちつかないふうでまわりを見た。
「畑にはいないよ。たなだけ作ってつりに行ったんだ」
少しだけ、いじわるな言い方になった。父さんのことを、わるく言った感じ。
「そうなの? そうなの、ふぅん。……ねぇ、いいものをあげようか?」
言って、お姉さんはおさらにのったまんじゅうをとり出した。
「わっ。おまんじゅう」
どこから出したんだろう、と思った。どうしておさらを持ち歩いてるのかな、とも。でも、大きくてやわらかそうなまんじゅうが気になってしかたなかった。
「もらっていいの? ありがとう。いただきます」
ちょうど、バケツに水をくんできていた。そこで手をあらってから、ピャピャッとやって、おさらのまんじゅうをつかんだ。大口をあけてかぶりつく。
「――食べたね?」
お姉さんが、ずるりとわらった。
……わらった。
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