1人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
「おおぅ」
と、声がした。ぼくのじゃない、だれかの声。
――って。
「えぇっ?」
思わずへんな声が出た。そりゃ、そうだよ。おどろくよ。いつの間にか、横に男の子が立っていたんだから。
その子は、明らかにぼくよりも年下だった。ひょっとすると、妹の七海より小さいかもしれない。
「どこの子なの?」
たずねたけれど、こたえてはくれない。男の子はあみの上でやけていくおもちをじっと見ているばかりだった。
「あんばいどうかな」
ぽつり、と男の子が言った。
「えっと。食べごろだとは思うけど……」
ぼくは、よくやけたおもちをはしでつまんでさとうじょうゆにつけた。よく、からめる。
「おおぅ。あんばいどうかな」
「その……。食べてみる?」
と、小ざらをさし出してみた。すると、はしをわたす間もなく、男の子はおもちをゆびでつまんでほおばった。
「うまい」
と言いながら、男の子はあみの上にのこったおもちに目をやる。
「あんばいどうかな」
ものほしげに男の子が言った。
「どうかな、って。今、食べたじゃないか。……もっと食べたいってこと?」
ぼくはのこりの二つのおもちをさとうじょうゆにつけてからめた。今度は、小ざらをむける間もない。男の子は、手をのばして二つのおもちを食べてしまった。手づかみで。
「うまい、うまい」
男の子は、ゆびをなめながらしちりんの上のあみを見回した。
「そんなに見ても、もう、おもちはないよ」
あぁ。一つも食べられなかった。
そっと、いきをつく。
三年前までは、うちでもおもちをついていたので食べほうだいだったけれど。今は、ちがう。
今は、正月気分をあじわって、少しあまるぐらいのりょうをスーパーで買っているだけだ。
「どうして、ない」
男の子がゆっくりと言葉をはく。問うてくる。
「――カラスが持っていったんだよ」
せめられているようにも感じて、つい、そう言ってしまった。
だって、一番の理由ではないけれど、うそじゃないんだ。じっさいに、井戸や自転車におそなえしていたかがみもちをカラスに持っていかれている。
それに。
たくさんは買っていないから、なんて言ったらおもちを三つとも食べたことを気にするかもしれないし。カラスには、はらが立っていたし。だから、つい。
「あいつらか。かんしゃくどっかん」
男の子のほおがキツく強ばる。目も、つり上がった気がした。
ワチッ。
もえのこりのたき木がはぜたらしい音。いっしゅん、ぼくのしせんがふろがまにむいた。
「あれっ?」
しせんをもどした時、男の子のすがたはどこにもなかった。
最初のコメントを投稿しよう!