草むしり、そして

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 じゅぎょうをおえたぼくは、より道せずにうちに帰った。今日は草むしりをするよていだった。自分の部屋のベッドにランドセルをほうり、用意をすませ直ぐに外に出る。  だんだん畑と小さな畑では、うちで食べるぶんのやさいを作っている。あぜの草かりは父さんがやってくれるけど、畑のなかはぼくと母さんが草むしりする。母さんはやることが多いから、ぼくが早め早めにやっておいたほうがいい。ただ、ぼくはあまりていねいじゃないから、ぼくが草むしりをすませたのに気づかないで後で母さんが同じところを草むしりするなんてことがあったりして。だから、もっとがんばるようにはしてるんだけど。ぼくとしては、ちょっとしんどい。こまってしまう。  竹ざるいっぱい、山もりの草。うん、今日の草むしりはこのぐらいにしておこう。そろそろ、宿題をやっておかないと。  顔を上げ、なにげなく下の大きな畑を見てみる。あくまでも、ここいらでは大きな方の畑というだけなんだけど、そんな畑が三まいあって、そこでは父さんが売りもののやさいを作っている。今は、父さんのすがたも、てつだいの母さんのすがたもないけれど。  だれもいない畑。……のはずだった。でも、黒かみのおかっぱ頭が見えた。妹の七海(ななみ)かな? と思ったけれど、七海にしては大きい。  だれなの? うちの畑でなにをしてるの?  気になって、行ってみることにした。  ……。 「ああっ」  コンクリートの道に出たころ、おかっぱ頭がだれなのかわかった。  秋子(あきこ)ちゃんだ。  うん、秋子ちゃん……。  顔と名前は知っているものの、それいじょうのことはよくわからない子。  今まで何度も会っているけれど、同じ小学校に通っているというわけじゃない。  この間、近くに住んでいる(みなみ)ちゃんのうちに、おこのみやき――はしまきにしようと、わりばしにまいてみたりもしたけれど――を、食べに行った時、南ちゃんのうちに秋子ちゃんもいた。そして、ぼくが帰るころに秋子ちゃんもいなくなっていた。おかしなことに、ぼくは南ちゃんと秋子ちゃんが友だちだと思っていて、南ちゃんの方は、ぼくと秋子ちゃんが友だちなのだと思っていたんだ。けっきょく、どちらの友だちでもなかった。  秋子ちゃんは、ふしぎな女の子だ。  ただ。  あの日あの時、しっかりかかわってしまったわけだから。今はもう、秋子ちゃんはぼくと南ちゃんの友だちということになるかもしれない。  思い出しながら歩いているうちに、秋子ちゃんのそばまできた。 「あ、秋子ちゃん」 「んあ? おお、直太くん」  声をかけられ、えがおをむけてきた秋子ちゃんだったけれど。秋子ちゃんは黄色いパプリカをほおばっていた。  父さんが作っているやさいのなかに、パプリカもある。そして、ここはうちの畑だった。 「秋子ちゃん、それって……」 「あぁ、なかなかにおいしい」  と、きげんよく秋子ちゃん。 「いや、それってさ。ひょっとすると、うちのやさい?」 「うん。そりゃそうだよ」 「そりゃそうだよ、って。そういうのはちょっとマズいと思うんだけど」  いわゆる畑あらしだとか、やさいドロボーだとかいうやつでは。 「だいじょうぶ、だいじょうぶ。モッちゃんに、食べていいと言われてるから」 「ぼくが作ってるのだったら、少しぐらい大目に見てもいいけど。父さんが作ってるのは売りもののやさいだから――」  そこまで口にして、首をひねるぼく。 「モッちゃんに……いいと言われた? モッちゃん? モッちゃんって?」 「ん? モッちゃんは、モッちゃん。あ、と。わからない? モトオちゃん」  秋子ちゃんが言い直したのでようやくわかった。モッちゃんというのは、元男(もとお)――つまり父さんのことだ。ぼくのことは直太くんで、父さんのことはモッちゃん、って。ちょっと、へんな感じだけど。……そういえば、父さんの友だちにもそんなよび方をする人がいたっけ。でも、まさかぼくと同い年ぐらいの女の子が父さんをそんなふうによぶとは思わなかったよ。 「と、父さんにいいと言われているの?」  ぼくの問いに、秋子ちゃんはフフフとわらった。 「あのモッちゃんが親になったんだよねぇ。――そう、売りものにならないようなのは食べていいと言われているよ。ただ、ほどほどに、とも言われているけどね」 「ほどほど?」 「そう、ほどほど。うぅん。……近ごろ、タダでごはんを食べさせてくれるところがあるのは知ってる?」  秋子ちゃんに、とつぜんそんなことを聞かれた。 「いや、知らない。あ、いや、まって。もしかして子ども食堂のこと?」  ぼくの通っている小学校の校区にもあったはずだ。名前は、じろんこ食堂。  中学生まではタダで食べられて、子どもの親の場合はいくらかとってごはんを出すところ。後、本を読めたり、いろいろ話を聞いてくれるところ――だったかな? 「そう、それ。モッちゃんは、そこに売りものにできないやさいや、売れのこったやさいを持ちよっているんだよね。じつは、あたしもその食堂に何度か行っててね。モッちゃんが、らしいんだか、らしくないんだか……なかなかのことをしているってわかったよ。だから、かげんして食べている」 「そ、そう」  思いもよらず、父さんがわざわざ畑を分け、売りものにならないやさいをうちで食べるやさいにしなかった本当のところっぽいのがわかってしまった。  まったく。そういうことなら、きちんとせつめいしてくれればいいのに。父さんときたら。  ……あれ?  ひよっとすると、せつめいしない方がいいって思われたってこと? そう、なんだ。 「モッちゃんは、やさいのおいちゃんなんてよばれて子どもらに親しまれていたかな? ――兄ちゃん兄ちゃんってよばれてたけど、ていせいさせたみたいだ」  フフッ、と秋子ちゃん。  やさいのおいちゃん――。父さんの、そのよばれ方には聞きおぼえがある。今朝、教室前で会った下級生たちだ。男の子の一方がそんなことを口にしていた。そうか、あの子らは子ども食堂をつかっている子なんだな。  どういうわけか、ぼくがきょうみを持たれたわけだけど。ま、そういうことなら、いいかな? 父さんが、小学校高学年のむすこがいるんだから兄ちゃんはやめてくれ――とでも行ったんだろう。 「じゃ、あたしはもう行くから。またね」 「ああ、うん。また……」  秋子ちゃんは、パプリカをかじりながら歩きさった。
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